コクピットで揺られ(3)
最初は早足ペースで跳ねるような走り方。サブシートに収まるデュカにも周期的にふわんふわんという感じの振動が伝わる。シートを懸架する緩衝アームの作用で軽減された衝撃だ。
(予想内だわ)
彼女もまだ少し余裕がある。
(機動兵器っていっても人が乗る機械だもの。そんな激しく揺れてたらまいってしまうじゃない。これが何十分も続くとなると慣れが必要だと思うけど)
前にアームドスキンに乗ったときは軌道上だったので発進スロットから宇宙空間に放りだされただけ。そのあとはアミューズメントマシンのような縦や横の慣性力を感じるのみ。
歩けば必然振動は生じる。しかし、急加速でも衝撃を吸収してくれるアームのお陰で体感は小さい。パイロットに掛かる負荷をそれくらいのものだと思っていた。
「じゃあ、走るぞ」
「え、走ってない?」
「んなの歩きに毛が生えたようなもんじゃん」
急激に速度が上がる。脇を過ぎていく障害物が丸いのか板状なのか確認する暇もないほど一瞬になった。
それに伴い突き上げる振動がそのままダイレクトに伝わってくるようになった印象。ガンガンとシートに尻を叩かれて、下手にしゃべると舌を噛むのじゃないかと思えるほどだ。
「ちょ、ちょっと! アーム壊れたんじゃない?」
「壊れるか。普通だ、普通」
ミュッセルは当たり前にしゃべっている。
ほぼスプリンターの走りである。踵が地面を叩きつま先が蹴る。それらの動作で起こる振動が全てシートに伝わってきていた。
「もしかしてアームのキャパオーバーしてる? わたし、重いの?」
「ちっとは負荷増えてるかもな。だが、そんなんで変わるほどヤワじゃねえぞ」
「そそ、そうよね」
肯定されたら地味に傷つく。
お尻が痛い。触れているところにはバルーンが付いているのに、ロックバーが肩やお腹を締め付けてくる。どうにか表情に出さないで済むレベル。
それより振動のほうがきつかった。周期的な衝撃が身体をさいなむとともに、スティープルを避ける動作が横慣性力も生む。中身をシェイクされている気分になり、徐々に気持ち悪さが胃を突き上げてきている。
(ヤバいかも)
危機感が募る。
「うっし、あそこの広いとこ使うか」
「ふぅ」
立ち止まったので危険な兆候は若干緩む。
(なんとか耐えたわ。視聴者に醜態をさらしたくないもの)
顔色は悪くなっているかもしれないが一線は越えていない。
「グレイと手合わせするぜ」
「え?」
「クロスファイトの取材なんだから戦闘中を味わわねえと意味ねえんだろ?」
筋は通っている。デュカの身体が発している警報を除けばの話。けたたましく危険を訴えている。
「待っ……」
「軽ーくだから安心しろって」
「ほんとに軽……!」
それまでの比でない衝撃がやってくる。モニタの中でレギ・ソウルの影が左右に大きくブレた。ヴァン・ブレイズがサイドステップをくり返しているのだ。
無論、相応した横と縦の慣性力が彼女を襲う。さらに地面からの振動も。袋に詰められ、四方八方から縦横無尽に叩かれているかのような状態で振りまわされる。
「あうおえあおー!」
「ちゃんと口開いてしゃべんねえと舌噛むぜ」
「しゃしゃしゃべるれっ!」
音も凄まじい。すでにヴァン・ブレイズがどんな動きをしているのかもわからない。ただ、モニタの中を赤い影が上下左右からよぎっている。おそらくパンチを繰りだしているのだろうがミュッセルに確認する余裕もない。
「ソフトめにしてやってんだからレポートしろよ」
「すれられっ!」
「それと、吐くときは下向けよ。バイザーシールドに向けて吐いたらなんも見えなくなるからよ。宇宙じゃねえから吐いたもんが排気穴に詰まったりしねえから心配ねえ」
それからのことは記憶に乏しい。あとで確認すると、尋常でない顔色の女がとても他人様に見せられない表情でぐらんぐらんと揺れているだけ。チーフに言いくるめられなかったら絶対に表に出せない有り様だった。
「えろえろえろ……」
「限界か」
ヴァン・ブレイズの動きが止まって立て膝を突く。明かりを感じたのでコクピットの扉が開いたのだろう。外に吐きだされたシートの上でデュカはぐったりと項垂れていた。
「だから、ほんとに乗るのかって訊いたのによ」
「経験しないとわからないだろう。慣れるかどうかは別にしてさ」
「ヤベ。ちょっと漏らしてんじゃん」
ヘルメットの中にモザイクを掛けなければいけないものが漏れていた。半ばから前後不覚に陥った彼女には制御する術がなかったのだ。そして、公表はしていないが下も漏らしていた。
「よいせ」
「撮られるのは可哀想だけど仕方ないな」
自分で降りるのなど不可能だった。少年二人がかりで搬出される。地面に寝かされるも、まだ感覚的には揺れている。そしてさらに発作が襲ってきた。
ヘルメットを脱ぐのももどかしく、あられもない格好で全力で這う。アームドスキンの足の影に入る手前で暴発してしまった。再びモザイクのお世話になる。
「おろろろ……。うえっ!」
「全部出しちまえ。見なかったことにしてやるから」
「僕、スイーパー出してくれるよう言ってくる」
お掃除ロボのお世話にもならないといけない。そして、ようやく美貌のエンジニアの言ったことを理解した。介抱されながらも着替えないとカメラ前に立てないような状態だったから女性の手が不可欠だったのだ。
デュカはもう二度とアームドスキンには乗らないと誓った。
次回『甘酸っぱい合宿(1)』 「しゃーねえ。こりゃ、強化合宿だな」




