コクピットで揺られ(2)
アームドスキン『ヴァン・ブレイズ』のコクピットにデュカ撮影用の専用カメラが取り付けられる。チーフディレクターのマイスがサブシートのアームレストに固定した。
映像には補正が入って正面からのものになる。若干お高いが、様々なシチュエーションで必要。彼らのコンテンツには不可欠である。
「回線チェックOK。本体のサブメモリーも正常」
「撮りこぼし無しにしてくださいね。こういうのリテイクすると新鮮さがなくなっちゃうので」
「任せとけって」
撮影現場がたった二人でまわっているのは彼のお陰である。なんでもできて判断も早いチーフがいなければ成り立たない。
「そっちの準備はいいか?」
ミュッセルがやってくる。
「ええ、いつでもどうぞ」
「んじゃ、いくぜ、マシュリ」
「はい」
急に羽交い締めされる。美貌のメイド服女性が後ろからデュカを押さえた。赤毛の少年の指がフィットスキンのスライダーに伸びる。下はもちろんアンダーウェアのみ。
「なにすんの!」
異様に強い力で拘束されていて振りほどけない。
「やめなさい! 撮影中なのよ! いくら君が色々盛りの年頃だからってこんなこと許されないから!」
「うるせーな。黙ってろ」
胸元まで下げられたスライダー。胸の谷間まで露わになっている。少年がさらに腕を伸ばしてきた。そこには見慣れない器具がある。
「なにする気!?」
声が震える。
「着けてやるだけじゃん。見たことねえだろ?」
「それって」
「ゲロ受けだ」
喉元を支えるような構造になっていて、下にダラリと袋が伸びている。フィットスキンの襟に固定したあと、袋を胸元に入れるようになっていた。
「説明してあげなよ」
「あん? 嫌がるだろ、こんなヨチヨチ歩きの新人パイロットがお世話になるようなもん。着け方も知らねえだろうし」
当然のように言う。
「せめてマシュリに頼めば?」
「俺が羽交い締めしたら、それこそ問題じゃん」
「どっちでも問題よ!」
辱めを受けて涙目になっている。
聞けばパイロットにとってはオムツのようなものらしい。なので着けなければいけないような人間は恥を忍んでになる。
「小便パックも新品だろうな。付け替えてやろうか?」
「いるか!」
そんなやり取りもチーフにしっかりとカメラで押さえられた。表情からして面白い絵が撮れたと喜んでいる。
(うう、恥ずかしい)
これまでにない恥辱を味わう羽目になった。
「ほら、ちゃんとヘルメット被れよ」
ミュッセルが渡してくる。
「空気があるんだから危険はないのに?」
「間抜け。頭ぶつけて泣きたいか? それにヘルメットがねえと襟元が締まらなくて首痛めるぞ」
「そうなの?」
確かに自身もしっかりとヘルメットを被る。バイザーシールドまで閉じて、内部空気の循環に切り替える。パイロット用のそれはバイタル状態から酸素濃度の調整まで行われるのだという。
「さっさと座れ」
サブシートに押し込まれる。
「ロックバーよし。バルーンよし。固定状態よし」
「慎重なのね」
「放り出されたら痛いじゃ済まねえ。骨折でもすりゃ企画が潰れんだろ? 俺も寝覚めが悪ぃ」
細やかな気遣いが感じられる。慣れたものなら自分でできるのだろうが、彼女が素人なのでやってくれている。わかりにくい優しさだった。
(感じたまんま粗野じゃないのよね。この子の本質って善良)
色々と触られているが気にしない。ミュッセルが気にしていないのだから彼女が意識するほうがおかしい。
「よし。じゃ、動かすぜ」
「始めます、チーフ」
自分のチェックも済ませた少年がフィットバーに腕を噛ませる。少し離れた場所にいるマイスが頷いて準備の完了を伝えてきた。
『σ・ルーンにエンチャント。3、2、1、機体同調成功』
システムアナウンスが起動を伝えてくる。
「通常出力でいく」
『出力100%で設定。機体コンディション、グリーンです』
「今日は軽くだ」
降着姿勢から立ちあがると合わせてコクピットも揺れる。ただし、視界は大きく動くので感覚がブレる。20mの巨体の動きと、普段の立つ動作とのズレが感覚を狂わせる。
(これは経験済み。ほんと、慎重なんだから)
ミュッセルの配慮を思う。
(この子が思ってるより色々経験してるの。平気な顔で終わらせて鼻を明かしてやろうかしら? でも、企画的にちょっとは怖がったほうが正解かも。加減が難しいわ)
ミュッセルが彼女越しに横を見る。隣でレギ・ソウルも立ちあがっていた。フィットバーが小さく操作されると、モニタにヴァン・ブレイズの腕が現れて前方を指差す。向かう方を示しているようだ。
「スティープルの隙間を歩いて一廻りすっか」
「了解」
歩き始めるとコクピット全体がふわりふわりと揺れる。だがモニタの映像は揺れない。前に乗せてもらったときに補正が掛かっているのだと聞いた。
地下訓練場には円柱や平型、L字型の障害物が数多く配置されている。その隙間を縫うように歩き始めると感覚が戻ってくる。対比物が少なくなるほど気分は楽になった。
(ほらみなさい。余裕余裕)
「もう慣れたろ。じゃ、走るか」
「軽くからにしときなよ」
グレオヌスが諌めてくる。
デュカの地獄が始まったのはここからだった。
次回『コクピットで揺られ(3)』 「もしかしてアームのキャパオーバーしてる? わたし、重いの?」