コクピットで揺られ(1)
明けてレーネの日も休日である。少年二人は朝も早くから自分のアームドスキンの整備作業をしている。
「撮影OK?」
「側だけな。中まで開けねえから今日は撮ってもいいぜ」
胸の装甲が大きく開かれ中の機械が剥き出しになっている。デュカにはどれがどんなふうに動くのか想像さえできない。
ミュッセルが手持ちのコンソールのケーブルを機械に差しては数値の読み取りをしている。グレオヌスも自分のコンソールで流れる数値をチェックしていた。
「赤も黄色もなし。ダキアカップ終わってから一通り交換したから絶好調」
狼頭は数値比較を見ていたらしい。
「充填時にエア噛みとかしてたら劣化の可能性あっからな。一応確認だ」
「音声記録までして泡音監視したんだから大丈夫じゃないかい?」
「保険だ、保険。時間置いて確認しといたら気持ちが楽になるだろ?」
整備でもコンビネーションプレーが見られる。息の合い方は何度も同じことをくり返しているからだと思えた。
「ほんとに金食い虫だな」
「今回は一ヶ月で交換したかんな」
よくわからない会話が続く。
「計算値だと機能的閾値まで一年はもつ。ま、順当なら五ヶ月で交換だ」
「半年スパンが目処なんだ」
「スリング本体も二年くらいはいけるんじゃないかと思ってる。劣化の具合が比例曲線ならな。雪崩曲線のときもあるから油断できねえ。実験結果次第だ」
専門的な用語が混じってまったく理解が追いつかない。赤毛の少年自身がエンジニアでもあるのは本当のようだ。
「撮っても大丈夫だった? 今なら止められるけど?」
「問題ねえ。外身だけでわかるか? 無理だろ」
「わたしは中身見てもわからないと思う」
ミュッセルはゲラゲラ笑っている。
散々だったオージュの日の失態も、疲労困憊のトリアの日の有り様もすでにその夜には配信されている。驚くほどの好評で次が待ち遠しいとのコメントに溢れていた。
(わたし的にはいいとこ無しなのに。いつものパターン、完璧に外してるのがウケてるのかしら?)
デュカにも予想不能な当たり方をするときがある。今回がそれなのだろうとあきらめるしかない。今は流れに乗っかるのみ。特に赤毛の天使は行動がまったく読めない。
「午後はお願いしてもいい?」
予定を聞く。
「いいぜ。取れたろ?」
「ええ、地下訓練場の枠と撮影許可も」
「上は流星杯の真っ最中。一番盛り上がるところだ。誰も訓練場なんか使わねえよ」
空いていて当然という。
「やっぱりアームドスキン動かしてるとこ撮らせてもらわないと」
「そりゃかまわねえが、ほんとに乗るのか?」
「わたしだけ。あとカメラ付けさせてくれるなら」
同乗を頼んでいた。そのために実機を動かせるスペースを求めていたのである。訓練場なら問題ないと言うので、運営に相談して撮影許可を取り付けた。
「経験は?」
グレオヌスは妙に心配げである。
「アームドスキンも乗ったことあるから平気。視界が抜けてて足元スカスカなのに慣れたら怖くないわ」
「そうですか。他には?」
「ランドウォーカーなら操縦させてもらったこともある。ライセンス不要の決められた区域限定で」
作業現場の突撃取材もしたことあるし、星間平和維持軍への取材も経験済み。戦闘艦から機動兵器まで色々見てきた自負がある。
「ま、いいか。ちゃんとしたフィットスキン準備してんだろうな?」
それだけは条件を付けられた。
「もちろん。番組ロゴ入ってるけど」
「おおう。俺だったら恥ずかしくて無理だぜ」
「恥ずかしい言うな」
整備の済んだアームドスキン、『ヴァン・ブレイズ』と『レギ・ソウル』がリフトトレーラーに乗せられるさまは見応えがあった。チーフも喜び勇んで撮影している。男心をそそるらしい。
そのあとは同乗してクロスファイトドームに向かう。ミュッセルがドライブシートに陣取るトレーラーヘッドにはマシュリの姿もあった。
「無茶させたり壊したりはしないつもりですけど?」
無表情の美女に断る。
「いえ、介抱する必要があると思いますので女性が必要かと」
「介抱?」
「お気になさらず。じきにわかります」
聞き捨てならない台詞が挟まった気がするが、少年もニヤニヤと笑っているだけなので聞き返しにくい。マシュリがなにを考えているのかは未だに不明だ。ただし、絵的には映えるのでチーフは大歓迎している。
「お? あいつら、待ってやがる」
ドームのスロープを降りていくと手を振っている一団に出会う。近くに停めて皆が降車した。
「ほんとにデュカ・シーコットだ」
「あら、ご存知?」
「もちろん」
少女たちに握手を求められる。ご無沙汰だった普通の反応に少し落ち着きを取り戻した。
「『あなた普段はどんなことを?』も観てますもん。いつもじゃなくて時々だけど」
「素直なご意見、ありがとう。できればいつも観てね」
ちょっと落ち込む。
「みんな、フラワーダンスのメンバーね?」
「はい。こいつらの友達です」
「お前ら、このあと準決だろうが。のんびりしてていいのかよ?」
「もう準備は済んでるもん」
少女たちの後ろにはヘーゲルの社服を身につけた大人もいる。チーフが撮影交渉をしていた。
「このあと試合? 勝ったら話聞かせてもらってもいい?」
「はーい。ヴィア主任の許可取れたら。デュカさんは?」
「これからヴァン・ブレイズに乗せてもらう予定」
「え?」
全員の顔色が変わる。
デュカはその意味を計りかねていた。
次回『コクピットで揺られ(2)』 「いくら君が色々盛りの年頃だからってこんなこと許されないから!」