ミュウ、突撃される(4)
空気がピリリと引き締まる。壁面をアームドスキンやランドウォーカーが埋めていなければ、まるでここが格闘技の試合場かと思うほどだ。
(全然雰囲気違うし)
グレオヌスは模擬剣をかまえて微動だにしない。ミュッセルも足幅を広く取って低くかまえていて緩く握った拳を突きつけている。
今にも動きそうなのに動かない。二人の間でどんな駆け引きが行われているか。デュカにはうかがい知ることもできない。
「ふっ」
「しっ」
床がキュッとなったのが合図の如く響く。静かに二人は衝突した。パンという乾いた音だけが打撃があったことを証明する。目にも止まらぬ一閃が交わされた。
「嘘みたい」
つい声をひそめてしまう。
「ただの練習じゃないの?」
隣でチーフのマイスは頷くのみ。静寂というわけではない。奥では父親であるダナスルの電動工具が金切り音を立てている。ただ、剣と拳を交わす二人を包む空気だけが別の空間を形作っていた。
「ひゅうぅ」
赤毛の少年が細く長く息を吐く。両手の拳が緩やかに腰にセットされた。狼頭のかまえる剣先も徐々に下がっていく。そして、ある瞬間に爆発した。
「はっ!」
「ひゅっ!」
ミュッセルの肩から先を見失う。グレオヌスもほとんど手元がぶれているようにしか見えない。「パパパパパッ!」と衝突音がしているのだけが打ち合っているのを示している。
(アクションシネマだけの世界じゃなかった。こんなのスローで見ないとなに起こってるのかわからない)
自然と呆けた表情になってしまう。
音が消えたと思ったら赤毛が遠心力で舞っている。身体はいつの間にか回転して前後を逆にしており、振りあげられる足刀が灰色のフィットスキンの表面を掻いていく。
降ろされた足が床で「ダン!」と鳴ると同時に風切り音を立てたウレタンスティックが頭頂へと落ちている。クロスした腕がかかげられ、ひときわ激しい打撃音が木霊した。
(激しい。丸っきり真剣勝負)
その後も一進一退の攻防が続く。長い剣のほうが遥かに有利と思えるのに、天使の容貌を持つ少年はそれを上まわる速度で攻め立てる。
受けきった狼頭の鋭い瞳が見切り、見た目どころでない重たい一撃を織り交ぜて押し返していく。小さめの身体が意に反して後ろに滑っていくのでわかった。
「っらぁ!」
「はぁっ!」
最後は拳と切っ先が綺麗に激突した。両者とも身体ごと弾け飛んでいる。鋭い視線が常の呼吸を示して絡み合い、どちらともなく長い息を吐いて終わった。
「どういう体力してるの?」
ドリンクの吸口を咥える二人に尋ねる。
「こんなもんだろ?」
「そうだな。戦闘がどのくらい続くかなんて一人で決められるものじゃない。先に動けなくなったほうが死……、負ける」
「理解できない世界の話をされても」
コメントしようがない。ただ、今の攻防でポイントになった攻撃の良し悪しを議論する二人の会話を脇で聞いているのみ。
「あの伝説みたいになってる一戦になるはずだわ」
ため息交じりに言う。
「なんだ、それ?」
「金華杯ソロのあなたたち二人の決勝戦。クロスファイトのオリジナルコンテンツとして公開期間をすぎても有料配信されてる。結構売れてるみたいよ」
「また勝手なことを」
「いや、許可を出したじゃないか。憶えてないのかい?」
ミュッセルはキョトンとしている。
「出したっけ?」
「二月の終わり、三十日に問い合わせがありました。あなたは許可しています」
「おー、上の空だったんだな」
臙脂色のメイド服のエンジニアがタオルを渡しつつ言う。彼女の存在が最も謎である。確かめようと何度も尋ねるのだが毎回はぐらかされていた。
「よし、シャワー浴びて飯にしようぜ」
「ああ」
「まさかシャワーシーンまで撮りたいとか言うなよ」
少年は軽口を叩く。
「取らせてくれるなら押さえておきたいけど?」
「来んな。お前も一緒にって言うなら考えてもいいぜ?」
「あら、水着でいいなら付き合うわ」
「うわ、捨て身できやがった。こいつ、案外侮れねえぞ」
デュカは二人と入れ違いでシャワーを使わせてもらった。
◇ ◇ ◇
「どことも繋がっている記録は出てきませんね」
銀髪のエンジニアの報告を聞く。
「あのチーフっていう男のほうは?」
「同様です。メルケーシンオンデマンドという企業として株主法人との繋がりは認められますが、それ以上の接触はないようです」
「どっかの会社が嗅ぎつけて潜り込んできたわけじゃねえんだな」
話しているのはマシュリのラボである。マッスルスリングの秘密を暴きに来たようではない。探られたところですでにパテント化しているので盗まれようはないが、騒ぎになるのは不本意である。
「じゃ、普通の番組制作か」
疑いは晴れた。
「実績もありますし、そうなのでしょう」
「そのわりには妙に体当たりなとこあんだがよ」
「企画として売りにしているようです。デュカ・シーコットがなんにでも挑戦して失敗したり失敗したり、たまに成功しているところが見どころなのかと」
「失敗ばっかじゃん」
無茶をする必要があるのか不思議に思う。彼女は相応に美人である。
「もっと楽に稼げるような気もするけどよ」
「そんな簡単な世界でもないのでしょう」
ミュッセルは肩をすくめて絶世の美貌を眺めた。
次回『コクピットで揺られ(1)』 「そりゃかまわねえが、ほんとに乗るのか?」