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ミュウ、突撃される(3)

 ミュッセルのデート相手は忙しい身の上。一時間ほど会話して昼前には仕事に戻っていった。デュカたち取材班は少年と帰宅する。


「取材っつっても桜華杯始まるまで試合の予定ねえぞ」

「それは承知の上だから問題ないわ」


 元より公開されている試合を撮しても仕方がない。人気の娯楽になりつつあるクロスファイトのこと、舞台裏くらいであればどこも取材している。彼らが求めるのは人気選手の日常なのであって試合の前後ではない。


「いつもどおりの風景を見せて」

 それなりに親密になってきたので言葉遣いも気安くなる。

「別にかまわねえけどよ、ついてこれんのか?」

「なにする気!?」

「午後は予定ないから走ろうかと」

 グレオヌスが言ってくる。

「そういうのそういうの。普通でいい感じ」

「わかった。じゃ、ついてこいよ」


 トレーニング風景というのは悪くない。二人一緒なのもちょうどいいし、街の人々の反応も見られる。素材として好都合。

 体力も自信がある。元々なんでもできるタレントとして売りにしていたし、スポーツ選手の取材もこなしてきたデュカは備えとして鍛えてもいる。


「公庁ブロックまで足を伸ばすぜ。あっちのほうが空いてて走りやすいからよ」

 少年二人は大柄なリフトバイクを持ちだしてくる。

「乗せてやっから」

「協力的なの助かる」

「中途半端に追い掛けまわされるのは性に合わねえ」


 重量バランスを加味して彼女はグレオヌスのタンデムシートに。ミュッセルがチーフを乗せて伴走してくれる。狼頭の少年のたくましい背中に張り付いていると風が気持ちよかった。


「なんだか新鮮」

「季節がいいですからね。冬はちょっと寒いですよ」


 街区を抜けて公共ブロックを過ぎると公庁ブロックが近づいてくる。高層建築が多くなるが、その分間隔は広く設けられていて緑も多い。確かに走りやすいだろう。


「最適の頃合いです」

「わあ!」


 視界が開けると並木が目に飛び込んでくる。管理局本部ビル周辺の名物、フォッサムチェリーの並木はちょうど満開になっていた。花の香りが濃く漂っている。


「いい絵だろ。じゃあ、走るぜ」

「ちょっと待ってね。スタンバイいいですか、チーフ?」


 中年男のマイスにはきついのでレンタルのスツールリフトを借り出している。二人はストレッチしつつ待ってくれていた。


「行きましょ」

「おう」

「え? ちょ!?」


 一気に加速して置いていかれた。一流スポーツ選手もかくやというスピードだ。デュカにとってはダッシュに近い。とてもランニングのスピードではなかった。


「待ってぇ!」

「だから、ついてこれんのかって聞いたのによ」

 二人は息一つ切らしていない。

「無理! わたしもレンタルしてくるから!」

「しゃーねえな。一回りしてくんぜ」

「何周走る気?」


 冗談のような体力で走りつづける少年たち。彼女とディレクターはスツールリフトでどうにか追いつく。


「いつもこんななの?」

「走りに行く時間取れればな。トーナメント中は色々詰まってっから難しいぜ」

「やっぱり、たまにはこういう広いとこを走りたくなるな。街中はどうしても迷惑になってしまう」

「ペースがおかしいからよ!」


 ついツッコまざるを得ない。ただのスクール生だと侮っていたら、この二人は規格外の一面ばかりを見せてくる。油断ならない。


「っていうか、いつまで走るの?」

 すでに一時間ほど経っている。

「休憩挟んであと一時間くれえだな」

「どういうスタミナ?」

「文句言うなよ。控えめにしてやってんだから」


 少年期特有の見栄は含まれていなさそうだ。実際に話しながら走っているのだから余裕があるのだろう。

 週末の散策を楽しむ職員や花を眺めに来た人々から応援の声がある。彼らはそれらにも律儀に応えていた。珍しい風景でもないらしい。


(とんだハードトレーニングだった。GPF隊員も顔負けじゃないの)


 規制の厳しい(G)(F)は難しいが星間(G)平和維(P)持軍(F)には突撃した経験がある。彼らも任務以外ではトレーニング浸けの毎日を過ごしているが、ついていけるくらいだった。手加減されていたのかもしれない。


「大丈夫か?」

 絵的に困るので最後五分ほど一緒に走ったが吐きそうだった。

「ええ……、とてもいい汗……かいたわ」

「顔色変だぜ?」

「き、気の所為……よ」


 息切れして結局話を聞けない。ドリンクを口にしただけで普通に帰り支度をする少年たちに信じられない眼差しを向ける。


「やっぱり一線級の選手のトレーニングは想像を絶するものですね。帰って汗を流したのちに改めて話を伺いましょう」

「なに言ってんだ。帰ったら組手するに決まってんだろ。シャワーなんぞ使ってる暇ねえぞ」

「えー!」


 そうでなくともメイクが流れ落ちていないか気が気でない。いくら耐水性が高いといっても限度がある。最少人数で運営しているコンテンツだけに全部自前なのだ。


「チーフ、今回のギャラ、特別請求させてもらってもいいですか?」

 黙って首を振られる。

「そんなぁ」

「我慢しろ。その代わり、飯は全部うちで食わせてやる。メニューだけは見栄張ってんだ。全部俺の賞金で出してんだからな?」

「うう、はい……」

 確かに昼食も豪華だった。


 チーフディレクターとの生っぽいやり取りも『あなた普段はどんなことを?』の売りの一つである。編集でカットされると思っていた問い掛けがいつの間にか流されていて定番化した。今では流れる前提でコメントしている。


 デュカはすごすごとリフトバイクのシートに跨った。

次回『ミュウ、突撃される(4)』 「理解できない世界の話をされても」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 [撮れ高]と言う言葉が割りと一般化。
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