ミュウ、突撃される(2)
デュカが突撃を敢行したのはオージュの日の夜であった。続く週末の様子を追いかけるためである。相手が学生なだけあって、いきなり公務官学校に突入するわけにはいかなかったのだ。
(本局には逆らえないし)
メルケーシンオンデマンドは小さくはないが民間企業である。サブスク収入で運営されている会社なので面白い番組が制作できなければユーザーの確保はできない。
彼女が専属進行の『あなた普段はどんなことを?』も人気を得るまでは細々とやってきた。今では一般公開パートの別に有料パートも配信している。なんとか安定したコンテンツになってきたところ。
(たまにはパターンを外されるのも悪くないか)
そう考えつつデュカは近くに取ったホテルからブーゲンベルクリペアに向かう。
今回のターゲットは一躍有名人になったクロスファイト選手、ミュッセル・ブーゲンベルクとグレオヌス・アーフである。二人は選手としても有力だが、怪物事件でも注目されているので企画が立てられた。
グレオヌスのほうは礼儀正しいが、ミュッセルは破天荒な人物のようである。密着取材はどこに向かうか彼女にも予想できないでいる。
「ついてくんのか?」
同行を申しでたデュカにミュッセルは難色を示す。
「今日の予定は?」
「デートだ。向こうが先約だからすっぽかせねえ」
「それ、いいです。すっごくスクール生っぽい」
変な顔をされる。
「いいけどよ、使えねえかもしんねえぞ?」
「かまいませんよ。お相手の子の都合でしょ? ちゃんとお願いして許可もらいますから」
「そっか」
当然グレオヌスは一緒ではないが、こんな美味しい場面を逃さないわけにはいかない。まさに青少年の普通の姿なのである。コンテンツ企画にうってつけだ。
「どこにつれていくのかしら? お姉さん、相談に乗ってもいいけど?」
「さあ、知らね。あいつが決めんだろ」
普段の言動に似ず、尻に敷かれているらしい。余計に面白いことになりそうだった。胸踊らせながら待ち合わせ場所へとついていく。
「ここよ。あら?」
デートの相手が先に着いていた。
「なんとかって番組で密着取材なんだとよ。いいのか?」
「そうね」
「できればお願いできますか? 普段通りでかまわないので」
意外にも相手は大人だった。なので下手に出て許可を得る必要がある。
「こういう者なんだけど」
相手の女性がサングラスをずらす。
「げ! 嘘、じ、ジーニャ・キュメイさん?」
「ええ、よろしく」
「マズいです、チーフ。莫大な出演料が……」
銀河規模で売れているシンガーの登場に仰天する。よほどのビッグコンテンツでないと彼女のギャラなど賄えない。さすがのディレクターも青ざめる。
「いいわよ」
快諾されても困る。
「ですが……」
「星間管理局興行部に所属してるけど、わたし個人は事務所を持ってるから。歌えって言われないかぎりはただにしてあげる」
「顔出しOKなんですか?」
「別にやましいことないもの」
実際、カフェテラスで待ち合わせしたあとは一緒にお茶してジーニャが一方的に話しているだけである。ミュッセルは雑に相槌を打っていた。
「いつもこんな感じなので?」
緊張で汗みずくである。
「ミュウってば、わたしが誰か知っても興味なしなんだもの。サインとか欲しがったりしないし関係を吹聴したりもしない。普通のお友達感覚で気楽でいられる。だからメルケーシンでオフのときはデートを申し込んでるのよ。わたしの息抜き」
「ミュウ、頭大丈夫?」
「うっせ! 関係ねえじゃん、ファンでもねえしよ。でも、この前送ってきた歌は聞いたぜ。よかった。作業のときよく聞いてる」
ジーニャは少年の腕を取る。
「嬉しい。どんな感じ?」
「落ち着くから厄介な作業でもイライラしねえですんでる。ありがとよ」
「うふふー、気合い入れた甲斐があったわね」
驚くほど喜んでいた。彼女のファンが聞けば目を剥くだろう。ヘイトが溜まりそうな言い草だが、ミュッセルはジーニャ自身に興味が薄いのはあからさまだ。
「デュカだったわよね?」
「はい、ご存知で?」
話を向けられる。
「一回か二回観たことあるから。知り合いが突撃されたとこ。笑っちゃった」
「光栄です」
「いつ、わたしのとこに来るか待ってるのになかなか来てくれないんだもの」
不穏なことを言う。
「うちの予算ではジーニャさん出演を依頼するのも無理です」
「素人さんじゃないものね」
「その点、ミュウ選手なら無償ですから」
「ふざけんじゃねえぞ?」
睨まれるが、そっぽを向く。少年への対処も少しずつ慣れてきた。
「頑張りなさい。一芸と運がなければ生き残れない世界だけどやり甲斐はあるわ」
願っても得られない助言をもらえる。
「行きたいとこがあんなら走り続けなきゃたどり着かねえかんな。行きたいと思ってるだけじゃいつまで経っても着くわけがねえ」
「う、君には説教されてばかりなんですけど?」
「ふふふ、うらやましい。彼といると違うものが見えてくるでしょ? 今回は運に近づいてるかもよ?」
妙な話になる。
「そうなんでしょうか?」
「さあ、拾うかどうかはあなた次第」
「頑張ります」
そうとしか言えない。
蓋を開けるまでなにが出てくるかわからないミュッセルへの密着取材が先行き不安なデュカであった。
次回『ミュウ、突撃される(3)』 「そういうのそういうの。普通でいい感じ」