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ミュウ、突撃される(1)

 くすんだ色になってしまっているシャッター。目立たない色の外壁も薄汚れた印象。昼間でこそ『ブーゲンベルクリペア』という看板(サインパネル)が投影されているが、今はもう消えている。


「赤外線反応は?」

「五つ確認できます。全員固まっている様子です」

「よし、チャンスだな」

 声をひそめて確認する。


 彼女は手に握っているグリップを、これまで数え切れないほどの人間に向けてきた。有名人でも遠慮なくターゲットにしてきたし、普段は知られない人物も餌食にしてきた。今ではもう、向けた先の相手の顔が驚愕に染まるのさえ快感を覚えるようになってしまっている。


(今夜も一人。いえ、二人かしら)

 標的を確実に落とす。いつからか、そうして生きてきた。


 目配せに頷いて返す。彼が扉を開いたら突入だ。真っ先にメインターゲットを仕留める。それが彼女の役目である。チームプレイが重要だ。


「スリーカウント。(スリー)(ツー)(ワン)、ゴー!」


 もう扉の軋む音など気にしても仕方ない。一気に攻め込むのみ。彼女はターゲットである赤髪の少年に狙いを定めた。かまえたグリップを向ける。振り向いた可愛らしい顔が驚愕に染まる瞬間のために。しかし……。


「デュカ・シーコットの『突撃、あなた普段はどんなことを?』」

 マイクグリップを少年に突きつける。

「こんばんわ、デュカです! ミュッセル・ブーゲンベルク選手、あなたは普段どんなことを?」


 慌てふためく姿をカメラが押さえる。そういう段取りだ。なにしろこの番組はノンアポが基本である。

 中にはとても放送できない現場に出くわすこともある。そういう場合はカットするが、ほとんどは問題なさそうな現場を狙って突入していた。今夜もブーゲンベルク家は夕食の最中である。


(あれ?)

 リアクションに乏しい。


 細められた赤い瞳がデュカを穿つ。背筋がぞくりとした。まるで何人も食い殺してきた猛獣を前にしたときを思いだす。


(な、なんで?)


 相手を怒らせることもあるが暴力沙汰になることはほとんどない。誰もが向けられたマイクとウェアラブルカメラを意識するからである。

 ところが赤髪の少年は一言も発することなく立ちあがる。彼女に正対すると指で招いてきた。背の低い彼を相手に身をかがめる。


「行儀が悪い!」

 脳天に拳骨が落とされる。

「痛っ!」

「他人ん家が飯食ってるときにいきなり入ってくるとはなに考えてんだ!」

「いや、だから、『あなた普段はどんなことを?』ですけど」

 少年の頬が引きつる。

「知るか! お前、誰だ!」

「あの……、デュカ・シーコットです。知りません?」

「知らね」


 少しは名前が売れてきたと思っていたのだが通用しない。確かに彼女はそんなに売れていなかった有象無象のタレントの一人であったが、この『あなた普段はどんなことを?』の企画が当たったのでそれなりに有名になってきたはずなのである。


「うちの番組を観たことありません?」

「ねえ。忙しいんだ、俺は。取材なら星間()管理局()興行部()を通せ」

 無下にされるが、これはよくあるパターンである。

「GAEの許可はいただいています。逃げられませんよ?」

「あの連中、また好き勝手しやがって。腹減ってんなら先に言ってから来い。お袋、飯食わせてやってくれ」

「はいよ」

 話がおかしな方向へと向く。

「いえ、別にお腹が空いてるわけじゃ……」

「夕飯どきを狙ってきてんだからそうなんだろうが! 黙って食え」

「あ、あれ?」


 少年の獰猛な睨みには誰も逆らえず座らされる。スタッフの前にも夕食のメニューが並べられて、いつの間にかテーブルを囲んでいた。


「だいたい礼儀ってもんがなってねえ。お前だっていい年だろうが」

「はい。あの……、二十二歳です」

「立派な大人なんだから、まずはお邪魔しますって入ってこいよ。常識じゃん」

「だからこれ、メルケーシンオンデマンドの番組企画なんですって。ノンアポでお宅を訪問して有名人や目立たない職人さんの生活を伝える」


 様々な人々を紹介してきた。導入のパターンはドッキリ企画であるが、ユーザーの耳目を集める掴みでしかない。しかし、今回ばかりはいつもと違い、滾々と説教されるシーンから始まることになってしまった。


(チーフ?)

 ディレクターを盗み見る。

(うわ、あれ新しいとか面白いとか思ってる顔だ)


 二年以上も続いているのでそのくらいは読める。このくだりもカット無しで編集されるパターンだった。


「GAEがOK出してんなら仕方ねえな。取材は許してやる。ただし、出されたもんは食え。それくらいの礼は果たせよ」

「はい」


 泣く泣く食事風景になる。どうせ使えないシーンになっていると思うのに拒めない。標準的な一般家庭の夕食をご馳走になっていた。

 チーフディレクターはずっと一緒のマイス・ダトレーである。カメラ兼務で他にスタッフがいるわけでなく撮影は二人だけで行われる。彼は撮影中一切の発言をしない。


「食事が済まないと収まりませんよ」

 やはり取材対象であるアゼルナンの少年が笑いを噛み殺している。

「どうしてこんなことに」

「ミュウを普通の少年だと思ったからです。こんなものでは終わらないと思いますけど?」

「え、嘘……」


 狼頭の少年の予言は当たるとデュカはのちに知ることになるのだった。

次回『ミュウ、突撃される(2)』 「それ、いいです。すっごくスクール生っぽい」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 ……ヨ○スケ!?
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