すれ違うも縁(1)
カフェテリアでの話に夢中になってトイレが昼一の授業前になってしまったミュッセル。珍しく一人で行動していると狙いすましたように待ち人がいる。
「おう、デビュー戦の勝利、おめでとさん」
言わずと知れたメリル・トキシモである。
「そっちこそ。順当に二回戦も突破ね」
「こんなとこでつまずくかよ。俺らは優勝することしか考えてねえぞ」
「まあ、そうでしょう。あなたたちには見合わないローレベルトーナメントだものね。参加しているチームにはいい迷惑だわ」
からかってる雰囲気ではない。
「でも、わたしには千載一遇のチャンス。急造チームでいきなりオープントーナメントに参加してツインブレイカーズと対戦するまで勝ちあがるのはなかなか大変よ」
「そうは見えなかったぞ。さすが軍務科のトップランカーどもだと思ったぜ。それがお前の指図で見事に動くとなれば上のトーナメントでもいいとこいくんじゃね?」
「失敗したかしら。侮ってくれていたほうが楽だったんだけど」
こちらは冗談だろう。試合運びを見ただけで実力くらいわかる。見抜かれるのは前提で進めているはず。
「しかし、あんなもんまで準備しやがるとはよ」
アームドスキンの話である。
「ヘヴィーファング? あれの情報くらい握ってるわ」
「グレイのおっ母さんも余計なことしてくれるぜ。そのへんの量産機なら鼻にも掛けねえですんだのに」
「ホールデン博士とも面識あるみたいね」
笑って誤魔化す。
「だがよ、ちっとばかり重いな。なんつーかバランスが悪ぃ感じがする。レギ・ソウル見てたらあんなもんじゃねえと思ったのにな」
「一戦だけでそこまでわかってしまう? 困ったこと。やっぱり早めに叩いておかないと隙一つなくなってしまうわね」
「ほざいてろ。きっちり相手してやっからよ」
最初から侮ってなどいない。前に所属していたチームの頃から、コマンダーの存在だけは常に警戒していたからだ。
「残念なことに決勝まで当たらない組み合わせなのよね」
「もってこいの舞台じゃねえか」
運命とは悪戯なものである。序盤で対戦していれば気を付けるのはメリルの指揮だけでよかったはず。しかし、決勝まで引っ張るとなると選手のほうがこなれてきてしまう。
ヘヴィーファングにも慣れるだろうし、リングという特殊なフィールドにも。戦術のうえに彼らの臨機応変さまで加わるとなると少々厄介である。
(鼻っ柱だけの選手なら潰すのは簡単なのによ、こいつに従ってれば勝てるとわかる癖が付いてきちまうとな。地頭のいいやつは難しいぜ)
条件が揃ってしまえば強敵以外のなんでもない。それこそ彼らがビギナークラスなどと思ってはいけない。同格として勝負せねばならないだろう。
「ほんとに困った子だこと」
「お前の手下みたいに素直じゃねえぜ」
「見くびってくれてるようなら対処のしようもあったのにね。全力で当たらないと駄目みたい」
(探りに来やがったな。食えねえ女だぜ。それ以上に面白ぇ)
「長話は無用ね。授業も始まることだし」
「っと、そろそろヤベえな」
「じゃあ、お手柔らかに」
心にもない台詞を放つ後ろ姿にミュッセルは肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
ウィーゲンは警戒していた方向からの狙撃を避けさせる。感応操作のタッチもかなり掴めてきた。改めて見るとヘヴィーファングには十分なパワーが備わっている。
(認識色は黄色。想定位置だがほぼ狂いはない)
マップ表示される戦況想定の正確さに唸らされる。
コマンダーのメリルが独自にアレンジしているマップだ。表示のルールは頭に入れてある。それに従うだけで大胆な機動が可能になった。
「掴んだ。バーネラ、攻撃サイン出てるぞ」
「わかってる」
試合開始後数分で埋まった戦域のマップには僚機の動きも反映されている。それぞれへの指示も表示されるのはメリルの配慮だろう。本来なら命令だけで個々が動けばいいだけである。
「残り二機だ。マルナ、フォロー入る」
「もう少しですのに」
「確実に仕留める。ユーゲルが注意を引いてくれているから私の位置のほうが有利だ」
ギャザリングフォースでは決まったペアが存在しない。通常の軍事でさえ編隊単位の運用が有効とされている。連携が密になるからだが無視していた。
単純に敵味方の相対位置で誰がどこを攻めるか指示が出る。メンバーはそれに従い移動し攻撃を行う。
(信用されているからだと思いたい)
個々の技量を鑑みての運用であることを願っている。
「落としたよ」
「こっちも終わる」
がら空きの脇腹をブレードで薙いだ。
敵チームは前衛二機、後衛三機の標準型の編成だった。こちらを攻撃特化型と読んで狙撃中心の戦術を取ってくるも、メリルの指示により翻弄されて終わる。
「ギャザリングフォース、二回戦も危なげなく突破ぁー! とてもビギナークラスとは思えない試合運びです! これはデビアカップに旋風を巻き起こすのかー!?」
リングアナの煽り文句も、勝利は彼らにとっては当然のこと。慣れてきた歓声にも腕を掲げて応え、粛々と北サイドへと退場する。
(あれは……)
ウィーゲンの視界に白いアームドスキンが歩いてくる様が映っていた。
次回『すれ違うも縁(2)』 「すると、こいつらが公務科のお嬢ちゃんたちか」