コールドコマンド(3)
ナビスフィアの矢印の色が変わっていく。赤みを帯びるほどに敵機との距離が短くなっている合図だ。クロスファイトで独自に発達したものだが重視したであろう理解しやすさを実現している。
(この先にいる)
ウィーゲンはブレードをかまえる。
鋼材の横をすり抜けた途端に敵機の横。斬撃を送るが咄嗟に掲げられたリフレクタ表面に紫電の尾を引いただけだ。
(テンポが悪い。いつもなら握っているはずのビームランチャーを意識してしまう)
受けられた時点で一射入れようと左手が動いているが、そこにはなにもない。向き直る相手に手を突きだした無様な姿を晒しているのみ。
(回避? いや移動? せっかく捉えたのに?)
ナビスフィア内の矢印が大きく伸びる。その向こうにメリルの意思を感じ、ヘヴィーファングを駆けださせた。わずかに間を置いて彼のいた場所をビームが穿つ。
(そうか。敵機に認識されたということは、こちらの場所も周知されたということか。敵の砲撃手が動くわけだ)
敵の動きが察知できず視界の狭さに業を煮やす。
(これはあれだ。森林戦や渓谷戦みたいなものと思えばいい。それなら実機訓練の経験がある)
都市戦などはさすがにシミュレーションでしか経験していない。宇宙戦でもこれほど密なデブリ群に紛れるケースは少ない。
(かなり特殊)
ウィーゲンは改めて実感する。
(だからこそ、ナビスフィアによるこんな冷淡な命令が有効なのか。メリルは一人で五人分の指示出しをしている。恐るべき処理能力)
俯瞰での僚機の位置もマップに映っている。それぞれが個々に動いているのは彼女の命令によるものだろう。それがどんな効果を示すのか彼にはわからない。
(なるほど、コマンダーとは名のとおり。リングでは一機ずつを動かすことになるが、実際の戦場の編隊配置に近いものがある。数いる敵の中で、どの編隊をどこへ動かすのか命じる指揮官のポジションだ)
理解が深まる。
(ならば命じられるままに動くのみ)
移動を続けると新たな敵機の接近が表示される。メリルの意図は別の形でも示されている。今度はスフィア全体が赤く染まっていた。攻撃の合図だ。
「ここか!」
視界が開けると敵機の背後にいる。相手も即座に反応しているがすでに遅い。苦し紛れの横薙ぎを姿勢低く躱し、ブレードを走らせて胴体を綺麗に薙いだ。
「ここで早々のノックダウン! ウィーゲン選手のお手柄だぁー!」
(違う。彼女の指揮でそう動いてだけ)
ようやく完全に理解する。
(一度姿を見せておいて敵狙撃手をおびき寄せておく。すぐに退き、別の場所の敵機に対して狙撃を気にせず攻撃を掛ける。危うさもなく撃破に持っていける。そして、集まっただろう敵のところには……)
容易に想像がつく。
接敵したと思って迎撃体制を敷いた相手チームは、その外側に彼らの包囲網を敷かれている。ウィーゲンは陽動役に使われたのだ。
さらに遊撃していた敵機を背中に抱えないよう撃破を目論む。それに当てられた駒として機能したことになる。
(すでに相手は彼女の術中。どこにも逃げ場はない。これは本当に冴えた指揮だな)
「なんで後ろから来る?」
「さあ、なぜかしら?」
「この! 若造どもなんかに!」
彼らを初陣と侮るほど意識が低い時点でメリルにとっては与し易い敵でしかない。巧みな戦術の前に粉砕される末路しか残っていない。
(背後に回れ? 徹底してるな)
ナビスフィアの指示に従う。そこにいるのはユーゲルのはず。砲撃手の背後に動けというのは敵がもう苦しくなっているということ。
「超攻撃型スタイルだ。逆にいえば砲撃手を潰せば崩れる。突破口にするぞ」
「わかった」
すでに三機にまで減った敵チームは敗走しつつも最後の手段に訴えようとしている。そこにも罠がひそんでいるとも知らずに。
「見えた!」
気配を殺すのが上手くともビームの射線を消すことはできない。位置を覚られたユーゲルへと殺到する敵アームドスキン。
しかし、その背後から飛びだしてきたのはウィーゲンである。思わぬ反撃に、一機がブレーキも効かず間合いに入る。カウンターの餌食にした。
「任せた、ウィーゲン」
「下がれ。援護期待してるぞ」
「その必要あるか?」
背後にも僚機を抱える敵にはなす術もない。彼の斬撃を受け止めている間に背中から斬られている。あっという間に殲滅してしまった。
「圧倒的だぁー! とてもデビュー戦とは思えない動きを見せたぞ、チーム『ギャザリングフォース』! これはとてつもない新星の登場ぉー! 私たちは新風の吹き込む瞬間に立ち会ったのです!」
リングアナの台詞は誇張が激しい。
「デビアカップ一回戦突破はギャザリングフォースぅー!」
(当然だ。我らが軍務科の女神の指揮のもと、敵などいるはずもない)
誇らしく思う。
「お終いよ。センタースペースに向かって」
最後の命令は言葉で告げられる。
「なにをすればいいのですか?」
「観客にサービスしてさしあげなさい。売りだすのなら人気も大事になるの」
「そういうものですか」
ウィーゲンはいつにない気恥ずかしさを覚えながらアリーナに向かって手を掲げた。
次回『すれ違うも縁(1)』 「困ったこと。やっぱり早めに叩いておかないと隙一つなくなってしまうわね」