リクモン流(2)
ヴァリアントの拳が手首を打つと敵機の腕は跳ねあがる。それでも壊さないくらいには加減されているのだとグレオヌスにはわかった。
(あのとき、平手で受けた鳩尾への一撃はあんなもんじゃなかった)
初めて手合わせしたときのことを思い出す。
本気であれば手首のパーツは破損しているであろう。クロスファイト全体で見るとアームドスキンの機体強度はかなり高められている。おそらく、この競技の恩恵は当面それになるだろうと思われる。
どこの機体も、この制限されたリング内で戦い勝利することを目指している。しかし衝突する以上破損は免れない。最低限にするために構造強度を上げる試みがなされているとわかった。
(それでも手や手首は複雑な構造をしてる。強力な打撃を放ったり受けたりするには厳しい場所だな)
なのでヴァリアントはガントレットを装着している。構造的限界を補完するための手段だろう。ゆえに掴み技などはできなくなっているが。
(打撃メインでどうにかする気なんだろうな)
生身で組手するとき、ミュッセルは掴み技や押さえ技も混じえてくる。それは手がないとできない動作。クロスファイトでは禁じ手にしているようだ。
(そもそも、あの体術はどこで学んだものなんだ? 独学というには洗練されたところが見受けられるんだけど)
疑問に思っている。型の練習をしているのもグレオヌスは見ているし、それが理に適っているのも見抜いている。ただし彼の知らない独特のものだった。
(あの小さな身体で強烈な打撃を生み出す技法。いったい、どうやって?)
ミュッセルにはまだわからない部分が多かった。ただ技能に関する貪欲さは理解している。グレオヌスの剣技にも瞳を輝かせて食いついてくるからだ。
「ふざけやがって!」
「おう、楽しくふざけようじゃねえか」
ガントレットの甲に浮かぶ薄膜、ブレードスキンが剣閃を削って弾き飛ばす。肘打ちがハッチに突き刺さった。相手選手は苦悶している。
(あれだけは知らない技術。マシュリの仕業だね)
ミュッセルの場合、ブレードスキンがないと勝負にならない。それでブレードもビームも弾き飛ばしているからだ。無かった頃は全部避けないといけなかったと本人も苦労を語っている。
「ぶへぇ……」
「終わりだ!」
さらに低く入り込んだヴァリアントの掌底が胸を打ちあげる。反重力端子で軽減されているとはいえ、100tにも達するアームドスキンのボディが浮きあがった。そのまま後転して後頭部から叩きつけられた。
「バイタルロスト! 撃墜判定です! ミュウ選手の勝利ぃー!」
宣言される。
「四回戦進出選手も粒ぞろいとなってきました! さらには先ほど勝利したビギナークラスのグレイ選手もいます! 混迷の第五シーズン金華杯、あなたはどう予想しますか!?」
怒号渦巻くアリーナ。防御フィールドの薄黄色い境界が取り払われ、リングに直接声援が舞い込んでくる。それにミュッセルは精一杯大きなアクションで応えていた。
(このままだと決勝まで当たらない組み合わせなんだけどさ)
違うツリーに組み込まれている。
グレオヌスはちょっとだけ不運を呪った。
◇ ◇ ◇
「ミュウ、帰らないのかい?」
公務官学校の授業が終わったので声掛けする。奨励のスポーツクラブへのお誘いもあったものの、その前にクロスファイトへの参加を決めてしまったので時間が足らず辞退した。
「先帰っといてくれ。今日は道場に顔出しとくからよ」
「道場?」
彼の口から初めての単語を聞く。
「なにかのチームか?」
「リクモン流の道場だ。俺が入門してる格闘技の教室みたいなもん」
「そんなとこに通ってたのか」
ブーゲンベルク家に厄介になって二週間にもなるが気づかなかった。
「秋はトーナメント多くてなかなか行けねえんだよ。ヴァリアントの整備と調整してたら空き時間なんて知れててよ。お前が来てくれたお陰でちょっとした時間に生身のほうも調整できて助かってんだぜ」
「なるほどね。そこは僕もお邪魔しても大丈夫な感じ?」
「興味あんのか? 格闘技は全くかと思ってたぜ。ちょっとうるせえけどイケっかもな」
口振りだといささか敷居が高いとこなのかもしれない。駄目だったらあきらめるくらいのつもりで同行することにした。
「二人で帰るの? 今日、道場行くって言ってなかった?」
「おう、行くぜ」
「大丈夫なの?」
ビビアンは驚いた顔をしている。
「問題あり?」
「あたし、門前払いされた。男女がどうこうじゃなく、単に実力不足だって」
「それはそれは」
実力が必要らしい。
「あそこはね、名門中の名門。昔、無手の司法巡察官『アイアンフィスト』を輩出したって有名な金看板だから。入門資格が厳しいのよ」
「メルケーシンにそんなとこがあったんだ。君はよく入門を許されたね?」
「ごねにごねて、なんとか潜り込んでやったぜ。そうじゃねえと、まあうるせえのうるせえの。プライドが高いっつーかなんつーか」
過去に色々とあったらしい。経緯のほうも気になるが、道場そのものに俄然興味が湧いてくる。
グレオヌスはわくわくしながらオートバスの乗客となった。
次回『リクモン流(3)』 「流行らねえのかもな」