コールドコマンド(1)
クロスファイトドームに到着したチーム『ギャザリングフォース』の一同。そこで初めて乗機となるアームドスキン『ヘヴィーファング』と対面する。それほどに急拵えの編成なのだ。
「いかにも重そうだ。しかし、悪くない」
ウィーゲンは見あげながら独りごちる。
特に重厚さを感じさせるのは胴体周りである。ハッチなどの複雑な機構が配置されておらずスッキリとして見えた。
それは最近の流行となりつつあるブレストプレート構造を持つからであろう。パイロットを内包する操縦殻は一体式の装甲の裏側にある。
(見慣れない。まるでカプセルに放り込まれるみたいに感じる)
ハッチ昇降に慣れた身では閉塞感を覚えてしまう。殻の中に閉じ込められてしまうような感じがするのだ。
フロントハッチ型の機体であれば扉が爆排されてコクピットごと放出される。それが阻害されていると思えるが、実際には緊急時のコクピットシェルの排出は背中側に行われるのだそうだ。
(知ってても、未だに尻がむず痒くなってしまうがね)
情報は入ってきていても印象に転化されてこない。転換期には起こりがちなこと。パイロットは常に不安感を乗り越えていかなければならない生き物である。
「お疲れさまです。どんな感じですか?」
物怖じせず気さくに近づいていくのはメリルだ。
「この段取りを組んだのは君か。ああ、どうにか間に合ったってとこだがね」
「急がせてすみません」
「いいさ。うちもこいつがどのくらい動いてくれるもんか期待してる。クロスファイトは運用試験に最適の場所だからな」
(彼らはそう考えているのか)
ウィーゲンは少々驚く。
ヘヴィーファングを搬入してきたのは兵器廠の作業員なのだから。星間管理局技術開発部に所属する人間たち。いわばメルケーシンでもトップクラスの整備士集団である。
「安心なさってください。ヘヴィーファングは間違いなく名機と呼ばれる存在になるでしょう」
メリルでもリップサービスをするものかと思ってしまう。
「そうかい?」
「まだ未完成ではありますけどね」
「……なにを知ってる、お嬢さん。侮れないねぇ」
整備士主任らしき人物はニヤリと笑う。メリルも不敵な笑いを返していた。いつも彼女に感じる底知れなさが増しているように思う。
「さあ、みんな。搭乗して調整に入って。試合開始まで時間的にギリギリよ」
手を叩いて注意喚起をすると急がされる。チームメンバーはそれぞれに機体整備士に挨拶するとともに、在学中に蓄積してきたプロトコルスティックを渡す。それがあれば如何なるアームドスキンでも操れる自信があるが、今回ばかりはいささか勝手が違った。
「これは! こんなに難しいかよ!」
「うわ。ちょっと嘗めてた」
「重たいですわ。ですが、それを上まわるパワーがございますわね」
ウェイトとパワーのバランスを反重力端子出力操作で行わなくてはならない。普段当たり前にやっていることが適わずに振り回され気味になる。ウィーゲンでさえ立ちあがるときにつんのめるほどであった。
「これほど難物とは。自信が打ち砕かれる思いだ」
つい批評してしまった。
「もうちょっとバランスのいい仕上がりになるはずなのよ。でも、現状はこれが精一杯。ホールデン博士が本気出しすぎちゃった所為だわ」
「どういうことです?」
「今は言えない。わたしが持ってるのはわりとレベルの高い機密情報なのよ」
メリルは思わせぶりを言う。ただでさえ経歴が判然としないミステリアスな彼女が、それに見合う本領を発揮しているように思えた。
「我々の任務は試合までにヘヴィーファングを自在に操れるようになることと理解しました」
通信パネルの女神に誓う。
「そこまでは要求しない。今日は一年生当時のあなたたちレベルで使えれば勝てる想定で進めているから問題なしよ」
「素人レベルではありませんか?」
「そうでもないわ。最初から頭角を現すであろう片鱗は見えていたの。数歩くらいは抜きんでていたから」
(一年生の頃からチェックされていたのか。光栄ではあるが恥ずかしくもあるな)
舌を巻く。
そのメリルが彼らでもすぐには扱いきれないと想定しているアームドスキン。本来であればどれほどの性能を発揮するものかと思わされる。
(いよいよ負けられなくなった。いや、難しく考えるな。私が彼女のコマンドに忠実に応えられさえすれば試合には勝てるはずなのだ)
調整の傍らに計算する。一線級のパイロットを目指すのであればダブルタスク、トリプルタスクなど当然のようにこなせなければならない。
「さあ、どう?」
しばらくしてメリルはσ・ルーンを介した無線会話で彼らを促す。
「前の試合が終わったわ。リングの整備が終了し次第入場よ。あそこのゲートのカウント表示がゼロになるまでに済ませてくださる?」
「間に合わせますよ、コマンダー」
「そう? じゃあ、わたしはコマンダー卓に移動するからよろしくね」
背筋を伸ばしたメリルが地下待機場から堂々と地上のスタッフルームへと消えていく。念願の指揮下で働けるときがやってきた。
「南サイドからの入場はなんとビギナークラスのチームです。本トーナメント注目のチーム名は『ギャザリングフォース』!」
コールされ、ウィーゲンはヘヴィーファングをゲートに向かって歩ませた。
次回『コールドコマンド(2)』 「お相手よろしくお願いいたしますわね?」