全知者の弟子(3)
「なに、抜け駆けしてんだ、こら!」
ウィーゲンの耳に無粋な声が飛び込んでくる。彼の感想では、声の主も無粋そのものの存在だ。
「まだ約束の時間になってないぞ」
「女性を待たせるものではないと恋人に教えてもらわなかったのかな、君は」
息を切らせて駆けてきた男に言う。男の名はガヒート・バイス。着崩した制服を格好いいと考えるタイプの良くいえば武闘派、悪くいえば乱暴者であった。
「ばっ! そんなのいるか!」
途端に慌てはじめる。
「違うからな、メリル。オレには特定の相手なんていないし」
「そんなに気にしなくて結構よ。あなたにステディがいようといまいとチームの一員として全力を尽くしてくれるのであれば文句はないわ」
「あ、はい……」
悄然としている。
実にわかりやすい。女神に異性としても惚れ込んでいるガヒートには搦め手が効く。素直な性分がマイナスに働くのだ。
「それと口添えありがとう。お陰で機材も満足のいくものが手に入ったわ」
「なんてことない。元々、父親からクロスファイトでの外部テストするパイロットに推薦されてたんだ。ほんとはまずソロでって話にしてたんだけどさ」
がさつさに似合わず血筋はいい。ガヒートの父は星間軍の高官で、新型機のテストパイロットを探している話を引っ張ってきたのである。
「アームドスキン『ヘヴィーファング』。どれくらい使えるものか」
不安点といえばそこに尽きる。
「馬鹿ぬかせ。かなり突貫だったとはいえ、あの銀河の至宝がクロスファイト仕様機として新たに書き下ろした設計図を形にしたもんだぞ? 使えないわけがない」
「しかし、かなり重たい機体と聞く。授業で使うゼクトロンなどとは違うと思ったほうがいい」
「安心して、ウィーゲン。パワー解析してみたけど問題なさそうよ。確かに機体重量は跳ねあがっているけど、その分反重力端子性能も強化されてる。あなたたちならバランス調整も上手でしょう?」
実技で用いられる機材がアームドスキンに変わって久しい。当然、生徒は感応操作にも慣れ、重量コントロールにも長けていなければならない。
「お任せあれ、メリル」
気安く挟み込まれたのは女生徒の声だ。
「呼び立てて悪かったわね、バーネラ。マルナも」
「かまいません。あなたが珍しく自分から動いたんですもの。求められれば協力するのはやぶさかではありませんわ」
「助かるわ」
女性が二人、輪に混じる。
「しっかし、こんなに錚々たる顔触れが一同に介するとか珍しくない?」
「普通に顔突き合わせれば喧嘩にしかならないだろ?」
「それは君だけだ。だが、皆が軍務科実技一位を競うライバル同士なのは認めよう」
二人の女生徒はバーネラ・ククイットとマルナ・ショルダン。二人はそれほど仲が悪くないと思っている。それこそ彼とガヒートとの関係とは一風異なる。
四人とも最上級の三年生で十八歳になる学年。そして実技トップを狙うバリバリの実戦派揃いである。
(ウォーロジックなどとは比べものにならないメンバーだ)
指折り数える実力派の主要格の面々。
(声掛け一つでこれほどのメンツが揃うのはメリルの抜きんでた才能によるもの。それくらい破格なのだ。彼女は公務官学校の歴史に残る逸材のはずなのに)
その彼女にして勝ちたいと言わせる相手がいる。眉唾ものと思うところであるが認めざるを得ない。ウィーゲンとてヴァラージ事件は記憶に新しい。
「もう一人は遅いな」
四人しか集まっていない。
「自分ならここだ」
「いたのか、ユーゲル。あいかわらず気配がないな」
「これも訓練の一環だ」
ここまで集まったメンバー四人はいずれも主にブレードアクションを得意とする生徒である。なので競い合っているメンツであった。
しかし、彼、ユーゲル・シェイカスだけは狙撃を得意とする軍務科生徒。ライバルであるのは変わらないが、彼らとは質を異にする。
「本当にベストメンバーを揃えてきましたわね。メリルさん、あなた、クロスファイトに旋風を巻き起こしてしまいますわ」
マルナはくすくすと笑っている。
「別にわたしがかき混ぜなくともすでに混沌とした状態よ。リングは今、転換期を迎えている。きっと、あなたたちも満足させてくれるわ」
「もっとも、このメンツで機能すればの話だけど」
「確かにな」
彼らも編隊訓練などで顔を合わせることは少なくない。授業とあらば結果は残してみせる優秀な人材である。しかし絆があるかと問われれば話が違うのは否めない。
「勘違いするな。我らにチームとしての絆など不要だ」
身も蓋もない台詞を吐く。
「皆がメリルの駒であればいい。彼女の采配を実現できれば勝利は確実。もし負けるようであれば、それは実力不足だと猛省するがいい。軍務科に名を轟かせるなど片腹痛い」
「そう言われればそうっかぁ。タクティカルチームの中でも生粋の機能派になりそうだもんね」
「言い得て妙ですわね」
「お前と背中合わせなんて気持ち悪いが、それがメリルの指揮ならオレも従う」
それぞれに期するものがある。
「じゃあ、チーム『ギャザリングフォース』、このときから始動よ」
ウィーゲンはこのチームは強くなると確信した。
次回『コールドコマンド(1)』 「いかにも重そうだ。しかし、悪くない」