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全知者の弟子(1)

 3D投影された通信相手は燃え立つような赤い髪を背中に払い、静かに微笑む。メリル・トキシモにとっては世界で一番尊敬している女性。通名はジュリア・ウリル。司法(ジャッジ)巡察官(インスペクター)『ファイヤーバード』と呼ぶほうが通るだろう。


(この方に名前をいただいたんだもの。恥ずかしい成績は残せない)


 メリルは彼女の名前であるとともに、ジュリアの本当の名前でもある。ジャッジインスペクターの彼女が二度と名乗ることはないであろう本名をもらっていた。


「オグルとアデリタは元気?」

 ひととおりの挨拶のあとに両親のことを尋ねられる。

「解き放たれたように遊びまわってます。今も旅行の最中ですよ。一応はまだ協力官の立場なのに呑気なものです」

「若い頃からずっと危険極まる現場を飛びまわってたんですもの。本当の人生を満喫するといいわ」

「あなたがまだ現場にいるのにですか? 贅沢です」


 メリルの両親は退職した元星間(G)平和維(P)持軍(F)隊員。父オグルはファイヤーバードの乗船『フォニオック』の艇長(キャプテン)、母アデリタは整備士(メカニック)主任としてサポートメンバーを形成していた。

 あまりの激務に結婚後も長く子供を持っていなかった二人。かなり遅くに二子をもうけている。退職後は彼女を連れてメルケーシンに居を構えていた。


「厳しくしてはいけないわ」

 笑い含みに咎められる。

「いいんです。緩みきってるんですから。寂しいかと思って一緒に来てあげたのに放任なんですよ。それよりコルトは少しは役に立っていますか?」

「あいかわらずお兄さんを呼び捨てなの?」

「十分です」

 二つ上の兄の話をする。

「へっぴり腰でも腕は確かよ。ジノに意見できるのもコルトだけだし」

「男同士で遠慮がないだけですよ。生まれたときからあの人を知っている身では怖がりようもありません」

「そうかしら? 案外肝は据わってるわ」


 兄妹だから点が辛いと言われる。しかし、彼女にとってお世辞にも自慢できる兄とは思えないでいる。


「頼りないです。どうしてジュネ兄様はあんなのに気を許しているのだか」

 知るかぎり最強の人物の名前を出す。

「比べないの。あの子は半分人間やめているんだもの。コルトが可哀想だわ」

「あの俗世を捨てている感じが素敵なのに。ジュリアはどうしてジュネ兄様の評価が低いんです?」

「肝心なものまで捨てては駄目。異物になってしまうから。でも、最近はずいぶんとマシになってきたわよ」

 年上の幼馴染は一年前に入籍している。

「リリエル・バレル、あんなじゃじゃ馬にかっさらわれるなんて屈辱です」

「綺麗に釣り合っているの。バランサーとしては最高のパートナーだから祝福してくれる?」

「ジュネ兄様が選んだのだから否やはありませんけど」


 不満がないといえば嘘になる。本当は選ばれたかった。でも、あまりに近すぎたのかもしれない。


「今度はいつ帰っていらっしゃるんですか?」

 会える日を楽しみにしている。

「当面は予定はないわね。身体が空いたら戻るわ。二年と空けないから安心なさい」

「ユニちゃんにも会いたいです。可愛い時期でしょ?」

「ええ、ようやく歩きはじめたところ」


 ジュリアも一年余り前に出産している。ジュネの年の離れた妹に当たる子供だ。一度しか抱かせてもらっていないのが残念である。


「歩くより宇宙(そと)を泳ぐほうが達者になってしまって。あなたたちの子供の頃を思い出してしまうわ」

 ジュネとコルト、メリルはそうして育っている。

「身体が重くない?」

「心外です。体重のことを言うなんて」

「あら、失礼」

 軽口にころころ笑う。

「すぐに慣れるものです。普通に暮らしてます。時々星の海が恋しくもなりますけど」

「そこが一番安全よ。普通に暮らして普通に大人になって普通に幸せを掴みなさい」

「ちょっと難しいかもしれません。ジュリアの薫陶が今のわたしを形作っていますから。軍務科の女神なんて呼ばれてるんですよ?」


 情報分析から戦術構築まで全てファイヤーバードの教育を受けた。ジュリアにしてみれば、通えていないジュニアスクールの代わりの授業のつもりだったのだろうが、今では世間とは比べものにならない高度な教えを身に刻んでいるとわかる。


「軍務科に編入しちゃったんだものね。いずれは星間(G)平和維(P)持軍(F)、いえ、あなたなら進路は(G)(F)かしら」

 実力は正しく評されている。

「まだ決めていません。父がいい顔しないんです」

「父親は娘を戦場に送りたがらないものよ」

(G)(F)に行こうものなら一生実戦に縁はないかもしれないじゃないですか。せっかくジュリアからのいただきものを持ち腐れにしてしまいます」


 それだけは我慢ならない。女神うんぬんはともかく、全知者の弟子の名を返上する気は更々なかった。


「とりあえずは自分の力を色々試しています。面白い遊びもしてますし」

 思わせぶりに告げる。

「例のクロスファイト? 要はルール限定の模擬戦でしょう? そんなに面白い?」

「ええ、意外と癖が強いです。それに今度、あの赤い悪魔とも戦うことになりそうです」

「あら?」

 ジュリアの耳にも届いているようだ。少年も有名になったものである。


 メリルは自分が楽しそうに笑っていることに気づいていなかった。

次回『全知者の弟子(2)』 「手出しすべきではないんでしょうか?」

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