正義の国の主人公(4)
オネストロードの剣士と砲撃手は性懲りもなくリーダーのキャナンの盾になろうとする。ミュッセルに何度吹き飛ばされようが立ちあがって挑んできた。まるでそれが正しいことであると思っているかのように。
(哀れに思えてくんぜ)
ひと思いにバイタルロストさせてやりたいが、それでは意味がない。
斜め下から伸びてくる斬撃を仰け反って躱しつつ、右つま先で手首を蹴りあげる。機体をひねって左足も跳ねさせ脇腹に放り込んだ。
ヴァン・ブレイズのスピンはまだ止まらず、降ろした右足を軸に左足を振りあげる。ロングストロークのまま腹に打ち込むと重量を感じさせないほどの勢いで宙を飛んで転がった。
「うう……」
「いいかげん身体しんどいだろ? 寝てろ」
キャナンがひそむプレート型障害物の前に転がった剣士を無視して砲撃手に迫る。連射を全て弾くというあからさまに力の差を見せつけて接近。肘で打ちあげて衝撃で動けなくすると、両手突きで跳ね飛ばす。
「さあ、どうする? 誰も守っちゃくれねえぜ?」
「お前はぁ!」
残り二機もグレオヌスにあしらわれている。彼にならうかのように打撃中心で痛めつけていた。ミュッセルの意図を汲んでいるのは明白だ。
「いつもそうだ! 相手をいたぶって楽しいのか? 一方的な暴虐など見苦しいだけだとなぜわからない!」
「もっとスマートに戦えってのか? てめぇの指図なんか知ったことかよ」
「強さを誇示するためにリングを汚すんじゃない!」
言葉に挟んでビームを撃ち込んでくるが丁寧に弾く。いつでも攻め落とせると見せつけている。
「言えたスジか? てめぇこそ仲間を顎で使ってふんぞり返ってるだけじゃねえか」
鼻を鳴らす。
「っと、仲間でさえねえか。てめぇにとっちゃ自己表現する駒でしかねえんだろ?」
「馬鹿を言うな!」
「鷹の目とやらに胡座をかいて、こそこそ隠れたままメンバーを動かしてんだから間違ってねえじゃん」
呆れ声で事実を突きつける。
「大事なお仲間に訊いてみろ。強い相手に押し込まれちまったとき、てめぇが一分でも三十秒でもいいからもたせてくれれば何倍楽になるかってな。最悪逃げまわってでもだ」
「は?」
「ちょっとの時間で体制立て直せんだろ。その貴重な時間を稼ぐ努力をてめぇはしてんのか?」
すぐには答えない。しかし、憤りを表すがごとく息を荒げている。
「ぼくは戦闘が得意じゃない」
「得意じゃねえからって努力しないでいいのかよ?」
うめく仲間を前にしてまで平気で言う。
「お仲間はどう思ってる?」
「リンダ! ルップ! こんなやつの言うことなんて嘘だろう?」
「…………」
応えはない。
「ハスク! オットー! 違うと言ってくれ!」
「…………」
「言えねえよなぁ。ほんとのことだからよ」
普段、彼らがどう過ごしているのか透けてみえる。どうせキャナンの長広舌に耳を傾けて賛同しているだけなのだろう。
メンバーは彼の視力の良さで勝ち抜けているのだと知っている。自身の実力も理解している。リーダーの機嫌を損ねて形が崩れるのを怖れて諫言もできないでいるのだ。
「そ……んな……」
思い当たるフシがあるはずだ。
「思い知ったか?」
「だったらどうしろと? お前みたいな天才にぼくの気持ちがわかるものか! 努力しても報われない者の気持ちを!」
「報われねえだ? てめぇがなにしたよ」
まだ受け入れられないらしい。
「俺が強くなるためにした努力を知ってんのか? リクモン流に入門して一年半くれえは肋が一本残らず無事だった期間なんて一ヶ月もなかったぞ。今もくっついた所だらけでボコボコだ」
「ひ……」
「痛みで一睡もできねえ夜を過ごしたことがあんのかよ! ねえだろうが!」
ミュッセルから見れば、オネストロードのやっていることは仲良しごっこでしかない。主張を貫けるような努力などしていない。
「痛みを止める薬なんて……」
「そんなん使ったら身に付くもんも付かねえだろうが。痛みが俺を強くした」
壮絶な覚悟に返す言葉もないようだ。絶句するキャナンに追い打ちを掛ける。
「ご託並べてる暇あったら血反吐はくまで走り込んでみろよ。弱っちいやつでも、ちったぁマシになんだろうぜ。わかったか?」
「……く。仕方ない。ギブア……」
「違うだろうが!」
睨みつけると怖れをなして後ずさっている。しかし、なにが違うと言ったかくらいは理解したようだ。震えるビームランチャーが持ちあげられる。
「あああー!」
乱射しつつ突っ込んでくるが当たるものでもない。
「それでいい。根性見せやがれ」
「うああー!」
殴りつけてくる拳を軽々と躱す。カウンターで放った一撃はクロスファイト仕様に強化されている頭さえも粉砕した。キャナンのフィックノスはリング上を縦回転するほどの衝撃を受けて転がる。最後にはわずかたりとも動かなくなった。
「勝者、チーム『ツインブレイカーズ』! 一回戦、突破ぁー!」
メンバーの一人がギブアップ宣言をして試合が終わる。彼のあまりの剣幕に息を飲んでいたアリーナも盛り上がりを取り戻した。
「なかなかの難敵だったな。意味がちょっと違うけどさ」
「ったく! 手間かけさせんじゃねえっての」
グレオヌスとそんな言葉を交わしながらミュッセルは脱いだヘルメットを振って歓声に応えた。
次はエピソード『軍務科の女神』『全知者の弟子(1)』 「あの俗世を捨てている感じが素敵なのに」