イーブンゲーム(3)
「これをご覧ください」
手近な据付コンソールを操ったマシュリが投影パネルを一つ浮かべる。そこに映しだされた動画には白いベルトが収縮して牽引力を示していた。パネル内には200kgを超える数値が表示されている。
「幅5mmの実用ピースです」
対比物がないため、わからなかったサイズ感が示される。
「実用ピースってこれは……」
「新たに開発した人工筋繊維となります」
「人工筋? そんな馬鹿な。こんな物はどこにも」
副主任のジアーノは驚愕している。
「待ってください、ジアーノ。彼女はしたとおっしゃいました」
「では、マシュリさん、あなたが?」
「ミュウの素案に従い二人での開発です。完成品が映像のもの。組成はこちらになります」
今度は複雑な化学式の表示に変わる。3Dモデル化され結合状態までの動画が終わると元の実用ピースに戻った。次は引張荷重の動画である。
「このように500kgの負荷が掛かろうと破断はいたしません。約350kgまではわずかながら伸張する特性も示します。これにより実用可能と判断いたしました」
淡々とした説明が続けられるが、ジアーノが驚愕するのも致し方ない内容。
「もしかしてこれを?」
「レギ・ソウルにも組み込んでるぜ。主要駆動部にな。ヴァン・ブレイズは全駆動部をこの『マッスルスリング』にした」
「ミュウ君、あなたは……」
秘密がつまびらかにされる。
「駆動系に重点を置いて開発したホライズンを上まわる性能を発揮してんのはこいつのお陰だ。俺もあんたと同じ結論に達したんだよ。機械的シリンダロッドの進化は頭打ちだってな」
「だからといって常識破りの研究に着手したのですか?」
「やってみねえとわかんねえじゃん」
小規模にやるにも相当の資金が掛かったはずである。そして、それを遥かに上まわる技術が投下された。結実した成果がここにある。
「なによ、これ。ズルじゃない。こんなすごいものを作ってるなんて」
ビビアンはただの発明品だと思っている。
「作んねえと俺の理想が実現できねえからじゃねえか」
「実際にやっちゃう?」
「嫌んなるほど苦労したけどよ」
計り知れないとラヴィアーナには理解できる。
「待って、ビビ。これは個人でできるようなものでは……、いえ」
「ヴィア主任?」
「個人でしかできないかもしれません。企業ではなんらかの目算が立たねばプロジェクトが動きませんので。今、管理局兵器廠が開発中の駆動機も、中央公務官大学での研究結果を踏まえてのものです」
利益が出ない研究を企業はなかなか承認できない。存続や従業員の生活が懸かっているからである。なので、使えそうな論文が発表されれば大学などの研究機関に出資するなどして可能かどうかを検証する。
(それを暗中模索の段階から実行して実現してしまったのですね。常識破りの考えが実際に常識を破ってしまったのでしょう)
「これをどうなさるおつもりで?」
なぜ自分たちに明かしたのか。
「ライセンス生産をしていただこうかと。ブーゲンベルクリペアには大量生産するほどの設備がございません」
「それは特許ライセンスを取得したうえでの許可をいただけると?」
「特許の認可は先日受けております。星間管理局法務部は未だ混乱している様子ですが、わたくしもミュウも公表するつもりはありません。本技術の拡散には慎重を期する必要を感じております」
驚異の事実が告げられる。
「我がヘーゲルを信頼して生産を許諾いただけるのですね?」
「コスト度外視の研究所レベルの生産は可能でした。マッスルスリングは収益体制での大量生産も可能だと推測しておりますが実証は必須です。そちらの試験をお願いしようかと思っております」
「信用をいただけるのならぜひ」
本来は現場レベルで判断していいような案件ではない。しかし、幸運の女神の後ろ髪を掴まねば好機を逃がしてしまう。
なにより限界を感じているホライズンの駆動機の限界突破を図るのに最適なのだ。喉から手が出るほど欲しい。
「いけそうですか、主任?」
あまりの事態にジアーノの及び腰になっている。
「幾つかの段階を踏まねばならないでしょう。ですが、大量生産が可能になった暁には莫大な利益となること請け合いです。プロジェクトを上申しない手はありません」
「そうですね。まずは研究室レベルで再現できるか否かからですか」
「時間は必要です」
「素材も設備も買い揃えられるレベルのもんだ。そいつができたらホライズンにも取り入れてくれよ」
それが目的なのだろう。
「どうして? なんでそんなに? この場で譲歩してまで?」
「面白くねえじゃん、ビビ。どうせなら対等な試合でいこうぜ。いまのまんまじゃ機体性能に差ができちまった。お前らのパイロットスキルと戦術が俺らを超えてるなら勝てる。そういう試合がしてえ」
「そこまでして楽しみたいの?」
ミュッセルにとって人生はゲームなのだ。娯楽のそれではない。どこまで追求できるかを突き詰める試しであると理解した。やはり彼の本質は彼女と同じエンジニアなのである。
(巨大な才能と深遠な技術力が結合している。この二人は時代の寵児なのですわ)
ラヴィアーナはその一端に触れている事実に震えた。
次回『正義の国の主人公(1)』 「一丁前に挑戦状叩きつけてくる気かよ」