少年とマシンメイド(2)
「騙したまま、あわや命を失いかねない戦いへと赴かせました」
ミュッセルにメイド服のエンジニアは告げる。
「予測困難でしたが、わたくしにはなにかが起こるとわかっていたのです。そのために近づき、機をうかがっておりました。如何なあなたでも怖ろしいでしょう」
銀の瞳にはなにも映っていない。憂いも後悔も。彼を利用するのも当然だと思っているかのように。
「怖ろしいのは最初っからだ」
隠しもせずに言う。
「なんか目論見がある。そんなん来たときからわかってたぜ。お前みたいな優秀すぎるエンジニアがならどこでも欲しがる。それが俺んとこ来たんだからよ」
「であれば……」
「正解だったじゃねえか。あの野郎はもろ俺向きの敵だったろ? むしろ俺みてえな戦気眼持ちじゃねえととてもじゃねえが相手できねえ。目論見は当たった」
少し眉を寄せて理解できないという仕草が返ってくる。
「逆に言やあよ、もしお前がいなかったら勝負にもなんなかった。情けない機体でこてんぱんにやられて奴の餌だ」
「あくまで仮定です」
「どっちかってえとお前のほうが幻滅してんじゃねえのか? 結局、アンチVとかいう薬に頼らなきゃ倒せなかった俺を」
表情に変化はない。それもそうだろう。マシュリにしてみれば、結果だけ出てくれればかまわないのである。
「悔しくてどうしようもねえんだよ。最高のパートナーが付いていながらあんな結果しか出せなかった」
震える拳を見せる。
「おれはメルケーシン最強になりたい。お前は星間銀河圏の安定を守りたい。俺とお前がタッグを組めばできるはずなんだ。まだ届いてねえじゃん」
「わたくしを求めるのですか?」
「頼むよ。お前がいねえと駄目なんだ。助けてくれよ」
初めて表情がほころぶ。絶世の美が彼の前に現れる。それは今まで見たことがなかったような優しい笑みであった。
誰も彼もを魅了するような極上の芸術である。お世辞にも興味があるとはいえないミュッセルでさえ見入ってしまうほどの美しさがあった。
「そんな笑い方すんなよ。気持ち悪ぃじゃん」
「その舌、引っこ抜いてさしあげましょうか?」
いつもの毒舌が帰ってくる。跡を濁さぬよう努めて淡々と告げてきたのだろう。気が変わったのが察せられる。
「だいたいよ、人じゃねえってのが間違ってる」
彼も苦言で応じる。
「なにをおっしゃいます。あなたにはあれが人に見えるのですか?」
「あの球か。中になにが詰まっていようが関係ねえ。形なんてどうでもいいんだよ」
「異質な考え方です。人類が身の周りの世話をさせるのに生みだしたロボットは人の形をしています。そのほうが安心できるからでしょう」
目立つ容姿なのは見た目が大事だと思っている所為か。
「ロボットは人に近かろうがロボットだ。かなり自由度の高い命令まで受け付けようがそれ以上じゃねえ」
「制限が設けられているからです」
「制限がねえんだろ、お前は。目的を設定されなくとも自分で考えて判断して決めてる。人にしかできねえことだ」
人とは人の形をしているものではない。それならば人型ロボットにも人権を認めなくてはならない。そうでないのは人の概念が形に縛られていないからである。
「俺が俺であるようにマシュリはマシュリだろ?」
それぞれの意思を持っている。
「最初は利害が一致しただけでいい。人間関係なんてそんなもんだ。でも、信頼に値する相手ってのは単純じゃねえじゃん。俺はお前を信頼してる。お前はどうだ?」
「信頼しております。あなたはきっと、わたくしを裏切らない。あなたの周りの人々を守るのが当たり前であるように、わたくしのことも守ってくださるでしょう。そういう性格です」
「だったら、ここにいろ。協定とかがいるなら幾らでも言え。俺はお前が欲しい」
愛の告白のようだが性質が違うくらいは彼女なら理解する。
「重いですよ? 耐えられますか?」
「俺の夢と同じくれえだろ? 一つ増えようが変わんねえよ」
「具体的には37tくらいです」
「そっちの重さかよ!」
悪戯な面持ちだったのは一瞬のこと。すぐにいつもの無表情に戻ってしまう。ミステリアスな美女を演じているつもりだろうか。
「とりあえず、例のアレを完成させんぞ。生身のまんまじゃお前の期待にも応えらんねえ」
まず最初にやらないといけないことがある。
「ヴァンダラムで十分な評価ができましたのでいいでしょう」
「え、評価?」
「わかんなかったか?」
傍観を決め込んでいたグレオヌスがその単語に引っ掛かっている。
「ヴァンダラムは試験機体だったんだよ。マッスルスリングの運用テストするために肩回りとかの一部にしか組み込んでなかった。次は本格運用する実戦機だ。全身マッスルスリングのアームドスキンにする」
「そこまでするのかい?」
「おう。あんな怪物が来ても駆動部が悲鳴あげねえようなもんにするぞ。蓄積ダメージはこんなもんだったからよ」
視線を送るとマシュリがヴァラージ戦闘時の機体状態を出す。主に問題が発生していたのは通常駆動機構を組み込んでいた部分だ。
「こいつを解消する。リクモン流の奥義を何度ぶっ放しても平気なアームドスキンを組むぜ」
「それが君とマシュリがしていた悪巧みの正体なんだな」
ようやく理解した相棒にミュッセルは親指を立ててみせた。
次回『翠華杯終了』 「でも、こんなはずじゃなかったのに……」