怪物、その後(2)
クロスファイトドームには全く被害はなかったが、試合の開催は当日含め三日間見送られた。四日目にして、被害区画への収益金による支援を表明して通常の試合も翠華杯も再開されたが、そこにツインブレイカーズの姿はない。
「本トーナメント一戦目の棄権よ。ベスト8にも入らなかったんだから賞金もポイントもないじゃない。それなのに、なんの補償もなし?」
ビビアンは星間管理局本部の対応が信じられない。
「民間治安協力官としての手当はもらったぜ。それだけじゃねえ。局長様自ら直々に感謝のお言葉もだ。贅沢は言えねえ」
「選手が一試合一試合賞金のためにどれだけ準備してるかわかってない。それなのに協力しろ、ありがとう、それでポイ?」
「昨日の夕方には解放されてたんだ。その気んなりゃぎりレンタル機で出場もできなくはなかった。それで満足できなかった俺たちの都合だろ?」
二人がそんな判断をするわけがない。出場できるからといって思いどおりに動かないレンタル機で惨めな試合をしたりしないだろう。ホライズンに乗っている今だからこそわかる。
「星間管理局興行部も無策? 人気チームが、それも怪物退治なんて活躍をしたばかりの選手に配慮して延期するとかできなかった?」
厳しいが不可能ではないと思う。
「日程があんだ。自己都合で簡単に変えたりできねえ。お前らだって一人都合ができて欠けたり体調悪かったら辞退すんだろ?」
「するわよ。ほんとの自分の都合だけならね。今回は本局の都合。トップなんだからそれくらい考えてくれてもいいと思う」
「巡り合わせが悪かった。試合が迫ってなかったらどうにかなったかもしれねえが、ヴァンダラムもレギ・ソウルもボロボロだ。正直、一日二日でどうにかなる状態でもねえ。あきらめた」
本人たちがケロリとしてるのも面白くない。ミスをして負けたのならともかく、最初から突破の可能性を取りあげられて悔しくはないのだろうか。
「でもよ」
口を開こうとしたのを止められる。
「出動を決めたのは俺たち自身だ。そんときは頭ん中から試合のことなんてすっ飛んでたぜ。てめぇの尻くれえは自分で持つ。悪いな。対戦するの楽しみにしてくれてたってのによ」
「言わないで。あんたたちが無事に帰ってきたのだけでも嬉しいんだから」
「危うく食われるところだったんだにゃ。こうして無事だったんだから喜ぶべきなんにー」
ユーリィが執り成す。
「うん、まあ、二人も街も一部を除いて大丈夫だったんだからよかったのよね?」
「機体の修理費用くらい出してくれるんじゃない?」
「本局はケチ?」
興奮する彼女やエナミに冷めてしまったのか、他のメンバーもフォローにまわる。ビビアンは気を遣わせてしまったかと反省した。
「私物だからさ。正直あんまり触ってほしくない」
グレオヌスも苦笑いしている。
「そのへんは配慮してくれるよう言ってあるから守ってくれるはず」
「心配すんな。マシュリが承知しねえ。そのまんま没収されたりしねえよ」
「戻ってきたら、どのくらいダメージあったか調べとかないとな」
自分よりアームドスキンの心配をしている。
「待ってろよ。絶対復活してやっからよ。俺は街を守れて満足だからってクロスファイトをあきらめたりしねえぜ」
「わかってる。あんたってそう」
「でも、また出動掛かったら行っちゃうんでしょう?」
エナミはまだ恨みがましい目で見ている。これは局長や家族を相当困らせているのではないかと思った。
「出るな。でも、あんな怪物がそうそう現れて堪るかよ」
笑い話にする。
「次は苦戦しねえから。ほんとに心配すんなって」
「怖くないの?」
「怖くねえ。それよりお前たちとか街に被害を出さないですんでホッとしてる。それで勘弁してくれよ」
納得はしてないだろうが、多少は溜飲を下げたらしい。
(でも、それだけでいいの?)
ビビアンもまだ引っ掛かっている。
「あんたは悔しくないの?」
ミュッセルは突然拳をテーブルに叩きつけた。
「悔しくねえわけねえじゃん! 俺は負けたんだぞ! たった一匹だけにだ! 冗談じゃねえ!」
「ミュウ……?」
「もう負けねえ。来るなら来いってんだ。次は絶対に勝ってやる!」
瞳に闘志が宿っていた。
「俺はメルケーシンで誰も敵わねえ男になるって決めてんだ。怪物でもなんでもドンと来やがれ」
「あんたってほんと馬鹿」
「なんだと?」
笑いの衝動に駆られる。声を立てて笑いだしてしまった。皆もつられて笑いはじめるとようやく場が和む。
「あぶく銭が入ったんだからよ。好きなもん食え。今日は俺たちの奢りだ」
「やったー!」
「全力出すのにー」
「リィ、お前はセーブしろ」
昔から変わらないミュッセルにビビアンは泣き笑いで応じた。
◇ ◇ ◇
「投票権買ってくれてたみんな、すまねえ」
ミュッセルは映像コメントをクロスファイトドームで流してもらう。
「払い戻しになってるはずだから安心してくれ」
アリーナの観客は神妙に耳を傾けた。
「よかったらまた応援してくれよ。面白ぇ試合してやる」
不敵に笑う。
「待ってろ。俺たちツインブレイカーズは絶対に復活してみせる」
誓う少年たちにアリーナから称賛の声が湧いた。
次回『少年とマシンメイド(1)』 「お前が選んだのが俺だってんだな?」