表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/409

怪物、その後(1)

 星間管理局本部ビルのメインフロア、自身の管理ブース内にユナミ・ネストレル本部局長は座っている。週末だというのに仕事が放してくれない。しかし、ヴァラージ事案もようやく出口が見えてきて、午後には四日ぶりにフロアの仮眠室ではなく自室で眠れそうだった。


「局長、ガナス・ゼマ社の直近五年間の全通信記録の洗い出しが終了しました。ヴァラージに関する記録は報告書内容で全てだそうです」

 補佐官が口頭でも告げてくる。

「ありがとう。情報部の担当セクションはほとんど不眠不休だったわね。労ってさしあげて」

「はい、お伝えしておきます」

「内容的にはほぼ証言どおり。持ち込まれた試験片は驚異の生体細胞という触れ込み。培養すればとんでもない利益が生まれる可能性を示唆するもの」

 報告書を斜め読みする。

「ただし、どこからという部分が抜けてる。情報部最高のチームが当たってもサルベージできないなんておかしな話。やり取りは物理メディアで行われたかもしれないわね?」

「今どき冗談にもなりませんが紙とか。ほとんど嗜好品の部類でしかありませんが」

「焼却されると探しようもないわ。砕いて灰にされたら読み取りも不可能。燃えさしの分析技術も残ってないことだしね」


 様々な可能性が論じられるも他者の関与を明かす証拠は一切出てこない。実に気持ち悪い中間報告書になっていた。


「ガナス・ゼマみたいなそれほど大きくもない企業にヴァラージ試験片を手に入れるコネクションなんてある?」

 口にするまでもない疑問ではある。

「ほぼ考えられません。どこで発生した試験片かでも判明すれば手繰れなくもありませんが、対象は完全に壊死崩壊していて遺伝子の欠片も抽出できませんでした」

「いいのよ。あまり手を出していいものではないわ。それこそファイヤーバードが黙ってないもの」

「あの方を怒らせてしまいますか」

 情熱的な司法(ジャッジ)巡察官(インスペクター)の名前に補佐官も苦笑いする。

「ゼムナ周辺に手を出しては駄目。これは鉄則よ」

「存じております。なので局長ともあろうお方があんなに懇願して、どうにか少年二人とアームドスキン二機を留め置くのを承諾させたのですし」

「二人は帰った?」


 ミュッセルとグレオヌスは事件後二日間、除染と健康チェックのために衛生管理部ビルで寝泊まりさせていた。隔離するとはいえ、かなり豪華な来賓室を与えて不自由させない対応の中での滞在だ。

 まだ若い男の子たちのこと、暇を持て余しているかと思えば意外とのんびりとしていた。彼女に配慮するほどの余裕を見せるほどである。


(それくらいの器がなければゼムナの遺志は選んだりしないということかしら)

 あっけらかんと話す二人の様子を思いだす。


 グレオヌスにいたっては、本件の対応に関して忠言をするほどの落ち着きぶりだった。ヴァラージ事案に慣れている節さえある。


「あなたもご苦労さまだったわね。帰って家族に元気な顔を見せてさしあげなさい。わたしも少し休ませてもらうわ」

「はい、そうさせていただきます」


 難しい対処は一段落を迎えたものの、懸念点は消えていない。彼女たちにはまだ事後処理が残っている。


(泣いて咎めてきたってどうにかなるものではないのよ、エナ。これはそういう事案ではないの。理解するにはもっと大人でなければ無理かしら)

 孫の意見には個人的感情も混じっていることだろう。


 思春期乙女の可愛らしさを思ってユナミは微笑んだ。


   ◇      ◇      ◇


 騒動後の二日間もミュッセルたちは公務官(オフィサーズ)学校(スクール)に登校しなかった。母のチュニセルには管理局にご厄介になっていたと聞いている。

 ようやく帰宅を許されたと本人から連絡を受け、フラワーダンスメンバーは二人と待ち合わせしたカフェテリアでテーブルを囲んでいた。


「そんなに怒るなって、エナ。ユナミだって大変だったんだ」

「でも、ひどいわ。動員した挙げ句に拘束して。外と連絡もさせてくれないなんて」

「事情がわかるまで情報流出させたくなかったんだって。しょーがねえだろうが、こんな面倒事。学校に手ぇまわしてくれたお陰でお叱りも受けずに休めたんだからよ」


 ミュッセルはエナミを宥めるのに忙しい。それほどまでに友人は立腹していた。それはビビアンも同じこと。納得できない部分は多い。


「それで? 棄権の取り消し手配はしてくれないの?」

 どうしても声が低くなる。

「ああ、俺たちは翠華杯リタイアだ。昨日から試合は再開してんだろ? ほんとはもう出てなきゃなんない」

「そうよ。棄権が発表されたわ。機材調達が困難だって理由で」

「おう。ヴァンダラムもレギ・ソウルもまだ除染が済んでないからって没収されたまんまだ。人間と違って隅々までやんねえといけないからチェックにも時間が掛かるんだとさ」


 二人は衛生管理部ビルに半ば強制連行されて、完全除染するまでヘルメットのバイザーシールドを開けることさえ許されなかった。真空下でも耐えうる操縦殻(コクピットシェル)の中だというのにだ。さすがに閉口せざるを得ない処置で文句を言ったらしい。


「納得してるの?」

「言ってもよぉ」


 苦笑いするミュッセルにビビアンは悔しさで歪んだ顔しか見せられなかった。

次回『怪物、その後(2)』 「本局はケチ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ