怪物と喧嘩(5)
(なんという失態)
ユナミ・ネストレル本局長は落胆する。
アンチV弾頭を装備させた対処部隊は機能しなかった。二人ができていた足留めも成功せずに消耗していく始末。
(専門の訓練をしていなかったとはいえ、これほどまでに脆いとは。準備をさせていなかったわたしのミス。対ヴァラージ戦闘を一部のユニットに特化させてしまった弊害だわ)
未曾有の事態を予期していなかったのが問題であろう。メルケーシンのど真ん中にヴァラージが出現するとは誰も想定できないとはいえ、非難は一身に受けねばならない。
(彼らがいなければどうなっていたことか)
今頃首都タレスは壊滅していたかもしれない。
(それも遠くない未来かもしれない。星間平和維持軍は二人のフォローさえできていないではないの)
ヴァンダラムの攻撃は当たっているし、レギ・ソウルもダメージを与えている。しかし、対処部隊のほうが彼らの高速戦闘に追いつけていない。放たれたアンチVはほとんどが地面を穿ち、一部が二機に着弾さえしている。邪魔にしかなっていない。
「弾頭はあれだけ? 翼ユニットが提案した近接弾頭はないの?」
「残念ながら。試作品が残っているだけでしたので」
「備えが足りなかったわたしの責任ね」
「誰が局長を責められましょうか」
補佐官のフォローもユナミには虚しく聞こえた。
◇ ◇ ◇
(どうしてミュウたちが戦わなくてはいけないの?)
エナミは怖ろしさで唇の震えが止まらなかった。
フラワーダンスメンバーはいつものヘーゲルの機体格納庫で訓練中だった。戦闘は誰の家からも離れた場所だったので皆そのまま待機して見守っている。仮に家族が巻き込まれていたとしても出撃は厳禁とされているが。
「これだったんだわ」
ビビアンも唇を噛んでいる。
「前にミュウになんで局長と繋がりがあるかって聞いたら誤魔化した件。あのときにはもう民間治安協力官に任命されてたのね。なにかあったら出動掛かるように」
「だからって、なんの経験もないスクール生を動員する? グレイは軍経験あるかもだけど、ミュウなんて完璧素人じゃない」
「ま、その完璧素人がGPF機よりいい動きしてんだけど」
サリエリの疑問にレイミンが皮肉で応じる。
「連中ならって言いたいとこだけど、これって本物の戦闘なのよね」
「そう、実戦なの。なにかあったら死んじゃうかもしれないのよ? お祖母様はなんてことを」
「違うと思うわ。ミュウもグレイも偉い人に命じられたからって従うタマじゃないでしょ? きっと自分から志願して向かったんだと思う」
ビビアンの主張は間違ってないと感じた。しかし納得できるものでもない。
「怖くて仕方ないの。これって私がおかしいの?」
自分の肩を抱く。
「ううん、エナの神経はまとも。むしろ、あたしたちパイロットのほうが異常だと思う。今だって援護に行きたくてうずうずしてる。行かないけど」
「あなた方を行かせるわけにはいきませんよ。ここで待機です。せめて応援してあげましょう」
「はい……」
都市警戒用のドローンが多数見守る中、戦闘は激しさを増すばかりである。ただし出口は見えない。エナミの目には退治用の武器が無為に消費されていくだけに見えた。
「せめて、あれをグレイが使ったら?」
幾つか作戦を思いつく。
「私がナビできますってお祖母様に提案すればいいのかも」
「ちょっと無理かもねー」
「どうしてですか、ジアーノさん」
ムッとして尋ねる。
「曲がりなりにも軍用兵器だからだよ。部隊も動員されているのに、わざわざ民間人に渡すわけにはいかない。後々問題になるだろうし」
「軍用……」
「あの二人が特殊なんだって言っても簡単には飲み込めないかもしれないけどね」
虚しい時間が続く。ヴァラージも学習しているのか、距離を取ってヴァンダラムの烈波を受けなくなってきていた。そうなると部隊の消耗ばかりが目立つようになってくる。
「連携、だめ。慣れてないから」
ウルジーも焦れったく感じている。
「もう一時間近くも戦ってる。どういうスタミナ? あの怪物、弱らないの?」
「パワフルなんだに。ミュウもグレイも負けず劣らずだけどにゃー」
「これ、どうなっちゃうの?」
皆の感じるより数倍する不安をエナミは覚えていた。
◇ ◇ ◇
「く、残弾数が」
部隊のリーダーがもらす。
「もしかしてアンチV弾頭はもうないのですか?」
「なくはないが少量だ。それも補給に戻るしかない」
「持ってきてください。それまでにどうにか突破口を作っておきます」
グレオヌスは要請を伝える。
「すまない。そうするしかないようだ。飛べる者は一時後退する。大破機は身を守っていろ」
「もういい。邪魔すんな」
(なにを言いだしたんだ、ミュウ? なにかする気なのか?)
様子が変わった親友に目を向ける。
ヴァンダラムは両腕を天に掲げていた。そこから花開くように両サイドに広げていく。降参のポーズのように見えなくもないが、ミュッセルが簡単にあきらめるはずもない。なにかしようとしているのだ。
「リクモン流奥義、『蓮華槍』」
ヴァンダラムが水平にまで下ろした手を正面で打つ。
グレオヌスはその後に起こったことに驚愕した。
次回『怪物と喧嘩(6)』 「ごめん。君を信じていれば」