怪物と喧嘩(3)
「あああっ! ヴァンダラム、転倒!」
報道官は悲痛な実況をする。
「ツインブレイカーズの二人は危険な怪物に対して互角の戦いを演じ、足留めに成功していると思えました。ところがここでヴァラージが未知の攻撃。ミュウ選手を脱落させてしまったのでしょうか?」
倒れた赤いアームドスキンは立ちあがる気配もない。レギ・ソウルが間に入って追い打ちを阻止しているがいつまでもつか。不可視の攻撃を警戒して大胆に踏み込めないでいる。
「やはり敵わないのでしょうか?」
声に深刻さが増す。
「クロスファイト屈指のパイロットスキルの持ち主とされる二人をしてもこの怪物は抑えきれないのだとすれば対処のしようもありません。退治用の武器もまだ届きません。救援が急がれます」
光る鞭を弾いて前進を阻止していたレギ・ソウルの腕が跳ねる。見えない力で作られた隙に攻撃が忍び込もうとしていた。
「逃げて! あっ!」
真紅の拳が腹部に突き刺さって吹き飛ばす。
「ヴァンダラムが復帰しました。大丈夫なのでしょうか?」
走るアームドスキン。不意に倒れ込むほどに前傾すると後ろのビルにクモの巣状に罅が広がり弾ける。顔面を捉えた一撃がヴァラージを転倒させた。
「不可視の攻撃を回避しました。まだ希望は潰えていません。二人の少年を応援しましょう」
報道官は安堵の息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「大丈夫かい?」
「なんとかな。一瞬、意識が飛んでたぜ」
倒れ込みながらも放たれた生体ビームで突き放されている。仕切り直しだ。
「マズったな。頭の装甲剥いだら、例の衝撃波咆哮とやらを使えるようになっちまった。こいつは使えねえのかと思ってたのによ」
ミュッセルは失敗を覚る。
「こればかりは仕方ないさ。僕たちはヴァラージのことを知らなさすぎる」
「こんな怪物が出てくるとわかってたら予習もする。でもよ、まさかタレスにいきなり出現するとか誰が思うってんだ」
「無理だな。青天の霹靂って感じだ」
今やヴァラージの頭部は外殻に覆われている。それが本来の姿なのだろうか。生物的な仕組みを備えた顔面が金属光沢を帯びていた。
「情報が入りました」
通信パネルにマシュリが映る。
「現在、出現箇所であるガナス・ゼマ社の施設に星間保安機構の捜査官が派遣されて研究員を確保しています。証言によると、生体部品の素としてヴァラージの細胞が持ち込まれたようです」
「無謀に過ぎますね」
「わざわざ、こんな化けもんの種を持ってきたっていうのかよ。なに考えてやがる」
再びひるがえる鞭を避けつつ攻め込みながら言う。
「強力な筋力を持つ生物筋肉を製造してアームドスキンに組み込む実験を行っていた模様です。試用確認を終えたらクロスファイトで実用テストする計画であったと。そのためにメルケーシンで製造実験をしていたようです」
「確かにリングは実験場でもあるけどよ」
「もしものことを考えないほど過当競争が始まっているのでしょうか」
マシュリ曰く、御し得ると考えていたと予想される。しかし、彼女でさえ暴発するヴァラージ因子を制御するのは難しいと主張した。
「とにかく倒さないことには追求しても対策は取れないな」
「時間稼ぎでどうにかなるとも思えねえぜ」
グレオヌスの斬撃は明確に警戒しているし、リフレクタで対策されている。ミュッセルの拳は届くが、ダメージを蓄積させられているかといえば疑問符だった。
「ブラストハウルは見えてる?」
戦気眼に映っているか問われる。
「おう、見えてる。最初はなにかと思って食らっちまったが、見えねえ衝撃波だと思えば躱せるぜ」
「僕には見えてない。顔の向き、口の開閉でしか判断できない。やはり君に前面に出てもらうしかないみたいだ」
「それでいい。強めのを放り込んでお前に任せりゃいいんだろ?」
拳打では具体的に弱る様子がない。ミュッセルにはヴァラージ相手の必殺の一撃もない。ならばチャンスを作ってグレオヌスのブレードで止めを狙うのが順当だ。
「方法は任せる。機だけ作ってくれるかい?」
「やってみっか」
烈波を入れればさすがに動きを止めるのも可能だと思われる。そこでスイッチするのが正解だろう。
「行くぜ」
レギ・ソウルを残し、衝撃波咆哮を回避しながら迫る。フォースウイップを前腕で弾き、勢いそのまま半身で懐に。芯を通した強力な肘打ちを胸の真ん中に決めた。
「食らいやがれ!」
仰け反った上半身に両手を当て、軸足をひねって螺旋の応力を編む。フレームに作った芯を通して増幅した衝撃力を両手から脇腹に送り込んだ。
「グギャアー!」
初めて悲鳴をあげる。
悶え苦しむ怪物にグレオヌスが追撃。苦し紛れの力場の鞭は払われて肉薄。神速とも思える剣閃がヴァラージに迫った。
しかし、恐るべき反射行動で回避しようとする。斬撃は浅くなり、左の肘少し手前を半分以上断つに留まってしまった。
「腕一本もらったぜ」
「いや、これじゃ足りない」
装甲の下で組織がうごめいている。斬られた部分が結合し、切り口である装甲を埋めるように外殻が盛りあがってきた。
「再生能力が高いって聞いてる」
「ここまでくると洒落になんねえぞ」
怪物もいいところだ。
「一筋縄じゃいかねえか」
「今のをくり返してダメージを与え続けるしかないな」
「それでなんとかなんのか?」
「エネルギー切れになったら再生能力も落ちてくるはず」
実に気の長い話にミュッセルは辟易した。
次回『怪物と喧嘩(4)』 「お前のブレードを避けるような奴に礫を当てろってのか?」