怪物と喧嘩(2)
周囲は散々たる有り様だった。被弾して穴だらけになった集合住宅。半壊したビル。踏み荒らされた木々。
死体でも転がっているようものなら地獄絵図だが、それがないのが救いである。アームドスキンなどの機体も残っていないのだから死者は出ていないと思われる。
(ここまで壊れてたら少々暴れても大目に見てくれるだろ)
ミュッセルは気合を入れ直した。
グレオヌスがレギ・ソウルで斬り掛かっていく。宙を舞う黄色い力場の鞭から身を躱し、隙間に剣先を突き入れようとしたがリフレクタに阻まれた。彼らのように発生器を必要としないらしく、任意の空間に現れるのが厄介だ。
(それなら殴ったほうが当たりやすいぜ)
力場鞭を避け、弾きしながら相棒は後退を余儀なくされる。ブラインドになっていた位置から入れ替わりにヴァンダラムを滑り込ませた。
低い姿勢で芯を作り、思いきり振り抜く拳は咄嗟のリフレクタをすり抜ける。力場の膜で火花を発した一撃が顎に突き刺さった。
「食らいやがれ!」
背後のビルに叩きつけられた怪物の顔面に返しの拳を入れる。芯は通っていないが十分な衝撃を与えられたはずであった。後頭部はビルに食い込んでいる。
「ちっ!」
頭を振りつつ体勢を立て直すヴァラージ。
「こいつの頭には脳みそは詰まってねえのかよ」
「あるべき位置にあるべきものがあると思わないほうがいいな」
「人の形してる意味がわかんねえじゃん」
人体が直立しているのは重たい大脳を支えるためでもある。なのに、生物が頭に脳を持たないのであれば意味がなくなる。アームドスキンのように衝撃からセンサー系を分離する理由ではないのだ。
「ごちゃごちゃ考えてる暇はねえか」
「倒し方は考えなくてはいけないけどさ」
場所を譲ったグレオヌスがブレードを振るうも鞭を駆使して弾く。意外に器用なところも小憎らしい。
(頭に二発入れてもダメージなし。次はどこを狙う? いや、まずは装甲を剥ぎ取っちまうほうが先決か? 絶風を使うか)
烈波より溜めの必要な絶風はこういう相手に当てにくい。だが、二人で連携するならチャンスは作れる。
「グレイ、絶風を使う。いけるか?」
「時間作って誘い込む? やってみよう」
面倒な説明不要なのがいい。
レギ・ソウルが大胆に機体全体を使って密着する。腕のブレードスキンまで活用してヴァラージの懐を開かせた。走った剣閃はわずかに駆体に届かずリフレクタの表面に紫痕を刻むのみ。
「来い!」
溜めは作った。
フォースウイップを絡めて引く。敵の身体まではついてこないが間合いができた。攻め手とばかりに詰めてくるが、そこにいたのは赤いアームドスキンである。
「リクモン流奥義『絶風』」
ヴァンダラムの両肩から先が消える。高速で回転を始めた拳打がヴァラージの装甲を打ち付けた。連続する衝撃音だけが直撃している証拠である。
(音がおかしい)
しかしミュッセルは違和感を覚えている。
(まさか中身に生体組織が詰まってると効かねえのか? いや、普通の体組織なら衝撃は中まで通る。装甲を繋げ留めてる繊維かなんかが緩衝材になってやがんのか)
攻撃を続けるが相手の動きを止めるに留まっている。絶風も永遠に打ち続けるのは不可能。すでに機体コンディションは腕全体に危険な兆候を示している。
(目標変えるか。いっそのこと頭ごと吹っ飛ばしてやる)
上半身の装甲が歪んだだけでは放った意味がない。拳打を頭部に集中させる。首がもげんばかりに跳ねているが千切れ飛ぶところまでいかない。それよりも、他より多い接合部が割れてきている。
「これでもかよ!」
渾身の力を込めた連打が装甲を剥ぎ取った。やはり内側は無数の糸のようなもので張り付いている。残った中身は組織が丸出しの状態。
「うげ、気色悪っ!」
「君がやったんじゃないか」
限界が来て絶風を終わらせる。クールダウンが必須なのでヴァンダラムを下げた。代わりにレギ・ソウルが割って入り、守りを失ったばかりの頭を狙う。
「ダメージなしか」
「くそったれが。すまん」
「少し動きが悪いくらいだな」
「一撃が軽めだからよ」
途切れなく攻撃できる点は優れている絶風だが一撃ごとの衝撃は小さい。芯を通した普通の拳打のほうがダメージを与えられる。
結果、ヴァラージはグレオヌスの剣技も退けている。かなり余裕のないところまで追い込んでいても決定打には程遠かった。
「腹立つがしゃーねえ。次は烈波を試す」
「一人でも流れを作れるかい?」
「やってみねえとな。こいつ、生物だけあって反応がいいじゃん。まるでとびきりのパイロットスキルの持ち主とやりあってる気分になんぜ」
レギ・ソウルのブレードが走りフォースウイップを払い除ける。左の拳が脇腹に突き刺さっていた。ヴァラージはたたらを踏んでよろめく。
そこへ入れ替わったヴァンダラムが拳を振るう。鳩尾に一撃入れて身体を浮かせた。顔面に一撃入れて仰け反らせるべく右拳を溜める。
「あ?」
ヴァラージが口を開いている。そこから発されたなにかが戦気眼に映っている。大きめの塊だった。
「ぐほぁ!」
真正面から叩きつけられた衝撃でミュッセルは弾き飛ばされていた。
次回『怪物と喧嘩(3)』 「僕たちはヴァラージのことを知らなさすぎる」




