怪物と喧嘩(1)
(なぜ自律活動している?)
研究主任は不思議でならなかった。
預かった細胞サンプルは確かに生物のもの。簡易な培養で旺盛な増殖を示した。危険を感じたので即座に焼却したが。
初期に抽出した遺伝子を解析し、自律行動する部分を導きだす。切除しては遺伝子の体をなさないので意味のないものに置き換える。筋組織に分化するだけの単一性能細胞に作り替えたはずだった。
(画期的な生体部品になりうると聞いている。製造が容易で高機能な)
そう言われて研究に取り掛かったのだ。
ところが初期の増殖力を取り戻し、あろうことか自律活動するまでに再生している。脳まで再生したということか? 完全に人型を成していた。
(ただ、アームドスキンという殻に収まるために形になった? いや、そういう分化ではないな)
モニタパネルを見つつ思う。
観察用の小型カメラ映像は一時期からなんの信号を与えなくとも蠕動活動を行う様子を示している。まるで姿をひそめるように誰の目もないところで。
しかし、腱の組織が徐々に金属キャッチに侵食する様が映っていた。信じられないことに金属を取り込みつつ増殖していく。そして一気に爆発するように変化した。
(それでこんな有り様に)
研究室の天井に大穴が空いている。
彼にもなにが起こったのか明確にはわかっていない。数本の筋組織がたった数分でアームドスキン内部を満たすほどに増殖するわけがないのだ。
(まさか、金属組成までも事前に変化させていたとでもいうのか?)
腱とキャッチの癒着部分に境目の曖昧なところがある。
そして、ある瞬間に変貌した。完全に生物と化し、行動を開始したのだ。
(だが、脳だけは簡単に再生するものではないのに)
思い直す。
アームドスキンにも備わっている生体に近い部分。一つだけ思いついた。有機コンピュータである。機体制御部だけが生物に近い組成を有していた。
(もしかして、そこを脳に変えたのか?)
あり得ない話ではないと考察を始める。
「星間保安機構だ! そこを動くな!」
小銃型レーザーをかまえた捜査官がなだれ込んでくる。
逃げだしてしまった怪物の制御を取り戻そうと大わらわしていた研究員たちは仰天する。まさか犯罪に関与しているとは思ってもいなかったのだろうか。愚かなことである。
(あれの危険性もわかっていなかったということか。それがわたしの失敗だったな)
研究主任は責任転嫁しつつ電子手錠を掛けられた。
◇ ◇ ◇
「最初っからこんな形に作られてんのか? どこの馬鹿が怪物を生みだすってんだ」
冗談ではない。
「いえ、成長するとは思っていなかったはずです。いつの間にか侵食されていたのかと。ヴァラージ因子とはそういうものですので」
「中身はどこまでアームドスキンだ? 対消滅炉くらいは残ってんのか?」
「わたくしの予想ではそこも取り込まれているかと。起動状態でなければ高熱でもありませんし」
(答えてくるってことは実例があるんだな。ほぼ確定で間違いねえ)
ミュッセルはそう受け取る。
「んじゃ、傷つけたからって誘爆はしねえな。こんな街中でやらかしたら目も当てられねえ」
案じたのはその点だ。
「熱分布の確認を行いました。対消滅炉の起動を認められません」
「安心しました。斬っても大丈夫そうですね」
「待てよ。だったら、なんで動いてやがんだ?」
エネルギー源を断つのも手である。
「燃房のプラズマ食ってるとか言うなよ」
「さすがにそれは。金属では外殻形成くらいしか使えません。おそらく弾性材などの合成有機物を消化しているものかと思われます」
「いたるとこにあんな。全身が餌だったのか。んじゃ、簡単には止まんねえな」
アームドスキンの素材には当然金属以外も多数用いられている。主に各部にあるクッション材やシール材。消耗部品ではあるが、長期に柔軟性を維持のために合成有機物を含有するものが多かった。
「しゃーねえ。どんな怪物か知らねえが殴れば痛えだろ」
あっさりと割り切る。
「生物の本能が残っているならな」
「そこ削るのは悪手だぜ? 自己保存に関わるかんな。自律起動させんなら手ぇ付けねえだろ」
「そんな考え方もあるんだ」
生物のベース部分は改変しない。行動の要素として必須である場合が多いからだ。グレオヌスにはそういう考えがなかったらしい。
「いっちょ試すか」
「ああ」
ヴァンダラムとレギ・ソウルは走りだす。手首から生体ビームを放って攻撃してくるが、それぞれにブレードスキンを使って防御した。突き放すつもりだったヴァラージは次の挙動が遅れている。
(とんでもねえ武器は持ってる。が、戦い慣れしてねえ。組み立て、繋がりの悪さが証拠だ。慣れてねえうちに仕留めてえが)
接近すると、彼の戦気眼に金線が舞う。それは今まで経験のない変則的な円弧を描いていた。
「くそったれが!」
身を躱しつつ踏み込む。グレオヌスは出現した黄色い力場の糸を咄嗟に刃に絡めて逸らしている。体勢を崩された所為で放った拳の狙いは甘く威力も殺されている。装甲の厚い胸を叩いただけに終わった。
(こいつ)
カメラアイのレンズの向こうでなにかがぐるりと動く。ダメージはほとんどなく、ヴァンダラムを観察しているかのように見える。
(本物じゃねえか。ムービーじゃねえんだぜ? おいそれと怪物退治のヒーローとはいかねえ)
ミュッセルはひりつくプレッシャーを覚えていた。
次回『怪物と喧嘩(2)』 「こいつの頭には脳みそは詰まってねえのかよ」