ミュウの敵(2)
(これか)
ミュッセルは変に納得する。
マシュリのような優秀すぎるとも言っていいエンジニアが彼の元にやってくるのには理由があるはずだと思っていた。彼女が「倒せ」と断言したのだから、ニュースライブ映像の相手がその理由としか思えない。
(アームドスキン? 違うな。怪物?)
見た目は管理局が設計図まで公表している機体『シュトロン』のものだろう。しかし、シュトロンではない。装甲の下になにかがいる。駆動部などの装甲の継ぎ目からは別の生物組織のようなものが覗いていた。
(シュトロンの皮を被ってやがる。なにもんだ?)
正体不明の怪物はタレスの街中で暴れている。アナウンスではアームドスキン暴走事件として扱っているが目的があるように見えない。破壊活動に勤しんでいるだけと思えた。
「こいつの武器……」
手首のあたりから真っ白なビームを放つと星間保安機構のアームドスキンのリフレクタを貫通して肘から先を吹き飛ばした。怖ろしく収束度が高いか、性質が違うものでないと説明できない。
「マシュリ、まさかヴァラージですか?」
グレオヌスも瞠目している。
「はい、そのようです」
「だとしたら普通の機体では倒せない。それどころか接触も危険だ。対抗できるとしたら確かにここにあるレギ・ソウルとそしてヴァンダラムだけですね」
「協力していただけますか?」
「当然です」
グレオヌスは知っている敵のようだった。タレスにこんな怪物が存在するのなら管理局本部は黙っていないだろうに。
「うん? ヴァラージだと? っつーと彗星事件の例のやつか。司法巡察官の『正義の翼』がやっつけたって怪物」
記憶を掘り起こした。
「はい、同種個体です」
「どうしてそんなのがタレスに?」
「現在調査中です」
マシュリにもわからないという。
「ジャスティウイングは来ねえのか?」
「ヴァラージに対処している翼ユニット、剣ユニット、V 特応隊は残存個体の掃討に星間銀河辺境を捜索中です。すぐに来られる距離ではありません」
「んで、やつを倒せるのが俺とグレイだけなんだな?」
メイド服のエンジニアは肯う。
破壊活動は続いている。どうやら危機管理システムによって素早い避難が行われた模様だが相手も移動する。このままでは被害は拡大する一方だ。
「わかった。まず局長に連絡する。そいつが出動の取り決めだかんな。もう顔は潰せねえ」
準備を始める。
「レギ・ソウルを起こそう。リフトトレーラーか。気が早かったな」
「お願いします。ヴァンダラムはわたくしが」
「急ぎましょう」
回線を繋ぐと相手も事態に追われている模様。少し待たされてようやくエナミの祖母の顔が映った。
「今は忙しくて」
後まわしにされそうな勢いだ。
「こっちでも観てる。マシュリが出ろって言ってるから出るぞ」
「対処してくれるの? 見てのとおり極めて危険な敵よ。君のような少年に……」
「おう、俺じゃねえとどうにもなんねえらしいからな」
ユナミは悲痛な面持ちで一瞬顔を伏せる。
「ごめんなさい。民間治安協力官ミュッセル・ブーゲンベルクおよびグレオヌス・アーフに出動を要請します」
「任せとけ」
「気をつけて」
メルケーシントップの政務官は会話の間にも様々な指示を挟みつつ事態処理に努めている。そんな様子を見て助けないわけにはいかない。
「今、タレスにあるアンチV弾頭を掻き集めています。対処する部隊編成ができるまでの時間稼ぎをお願い」
要請内容が告げられた。
「時間稼ぎといわず倒してやんぜ」
「対抗武器はあるけど、そんな簡単な敵ではないわ。あれの前では絶対にアームドスキンから降りないこと。これだけは確実に守ってちょうだい」
「お? おう、わかった」
相当に慎重である。
「君になにかあったらご両親やエナに会わせる顔がありません。無理せず、GSOに任せられるところは任せて」
「無論だ。だがよ、今んとこはやられてんな」
「ええ、彼らにも時間稼ぎをさせているだけなのよ」
白いビームがかなり厄介なようで、投入されるGSOのアームドスキンが次々と大破しては後退している。ニュースライブを伝える声も恐怖に染まっていた。
「該当地区の住民は危機管理システムに従いただちに避難してください。もしくは地下シェルターへ退避してください。大変危険な状態です。自ら状況を確認しようなどと絶対に考えないでください」
本局から発令された指示をくり返すのが精一杯。現状が把握できているとは思えない混乱ぶりである。
「うっし。しゃーねえ。ひと暴れしてくんぜ」
会話しつつ着替えていたフィットスキンの各部を確認する。
「いいですか? 戻ってきて、わたくしが確認するまでフィットスキンとヘルメットは脱いではなりません。あれの付近ではできるだけ外気にも触れないように」
「わかったって」
「ミュウ」
「なんだ、お袋?」
チュにセルがやってきた。
「普段は好き勝手言ってんだから、こういうときに社会のお役に立ってきな。助けられる人を助けるんだよ。いいね?」
「おう」
「そんで帰ってくるんだよ。夕飯用意しておくからね?」
ダナスルも黙って背中を叩いてくる。頷いて返すと降着姿勢のヴァンダラムに駆け寄る。
ミュッセルは家族の顔を目にしながらパイロットシートに腰を下ろした。
次回『ミュウの敵(3)』 「僕も対するのは初めてですので知識以外は」