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ミュウの敵(1)

 研究員は同僚の様子に顔をしかめる。彼も退屈な作業だとは思うが、だからといって手抜きしていいわけではない。任じられているのは対象の常時監視なのだから。


「おい、ここは一応無塵室(クリーンルーム)なんだぞ。なにを持ち込んでる」

「だって先輩、休憩まで四時間も外に出られないんですよ? お腹も減ってしまうじゃないですか」

「せめて監視カメラに映らないようにしろ」


 真面目な状態など人それぞれである。彼女にしてみれば、甘い焼き菓子を口にしながらでもサンプルから目を離さなければ監視業務に問題ないのかもしれない。


「わかってまーす」

「時間だ。目視確認」


 本当にわかっているとも思えない。カメラに背を向けていると知っているがゆえに焼き菓子を口に咥えたまま対象に近づく。


「問題ありませんよー」

 こもった口調で報告してくる。

「あんな白いぶよぶよ、ずっと見てたって変化あるわけないです。合成組織なんですし」

「そうかもしれん。実際に培養液から取りだされてもう二週間。動作試験のとき以外、なんの変化も見せないんだからな」

「そうじゃないと実用品になんてなりませんよ。そもそも、こんなに手間掛けないといけないとか製品化できるんです?」

 ほとんど掛かりっきりの彼ら研究員の疑問である。

「合成プロセスさえ確立すれば手間なんて掛からなくなる。君が普段食べてる合成肉だって製造機の中で衛生が保たれているかなんて誰も監視していないだろう?」

「うええ、気持ち悪いこと言わないでください。想像しちゃうじゃないですか」

「そういうものだって話なだけだ。研究開発は本分じゃないか」


 彼らは生化学の専門家である。合成肉がどうやってできあがるかも当然のように知っている。微生物である肉エビが精肉のような形に仕上がるプロセスも。


「でも、今回の相手はこれですもん」

「まあ、普通なら機械工学系の領分だな」


 監視対象は人の形をしている。しかも身長が20mもあるような代物だ。彼らが今回開発してきたものはアームドスキンの脚部に組み込まれていた。

 女性研究員が覗きに行ったのは膝のところである。ハシゴを登って中を覗き込んだのだ。膝の位置まででさえ5mの高さがあるのだから。


「ともあれ異常なしと」

 コンソールに監視状況を入力する。

「ありませーん」

「飲み物はセーブしとけよ。休憩までトイレも行けないんだから」

「先輩、セクハラですよー?」

「違う。生理現象だ」


 録音までは確認されないのをいいことに軽口を交わす。そうでもしなければ時間は潰れない。


 焼き菓子からこぼれて付着した欠片が蠕動する白い組織に吸収されたことに彼らは気づかなかった。


   ◇      ◇      ◇


「すげえ盛り上がりだったな」

 ミュッセルは嬉しそうなビビアンたちに話し掛ける。

「当ったり前でしょ? あたしたちのファンが集まってるんだもん」

「おーおー、決めたからって自信満々じゃねえか」

「当然でーす。まだ勝ち上がってない人にどうこう言われたくありませーん」


 勝利翌日のニヤニヤ笑いが止まらないフラワーダンスメンバーを止める台詞はない。言うに任せた。


「まあ、あれの所為もあるだろうしな。ハイベット投票権(チケット)

 苦し紛れではないが話題を変える。

「あー、あのオッズが跳ねあがるやつね。なかなか当たらないけど」

「その分、配当はすげえらしいぜ。大物取れたら年収くらいになるかもってな」

「取れたらの話。確率的には四千分の一くらいだから一口だとそこまでの額じゃないかしら」

 エナミが素早く算出してみせる。


 ハイベットというのは、今シーズンから導入されたクロスファイトの特殊投票権(チケット)である。一試合の勝ち負けに賭けるのではなく、トーナメントの結果を予想するもの。

 単純に優勝者と準優秀賞者の一位二位を予想する「トップ2」と、合わせて三位タイまで予想する「トップ4」の投票権(チケット)がある。トップ4の単純確率でも四千倍。そこに偏りが見られればオッズは大きく変化する。


「たいがいはリミテッド狙いで行くでしょうから四千倍以下? それ以外だと数万倍まで跳ねあがるかも」

「お前んとことか俺んとことか買ってたら一財産になんだろ」

「えー、だから応援されてるって? そんなの考えたくない」


 四回戦終了から本トーナメント開始までの期間が投票タイミング。なので16組の中から選ぶことになる。

 トーナメント開始時から投票を受け付けると、莫大な選択肢になるのでそういう仕組みになっていた。多少は夢を見られないと購入者も尻込みする。


「ま、俺たちの試合は明日だ。そしたらもっと荒れ模様になんぜ」

「勝つ前提なのね」

「ったり前ぇだ」


 そんな馬鹿話を終えて学校をあとにする。帰って機体の最終チェックをしてリフトトレーラーに乗せておかなければならない。


「混んでんじゃん」

「なにかあったのかもな」


 渋滞する道路のバイクレーンをすり抜けて帰宅する。ブーゲンベルクリペアまで着くとマシュリが黙って立っていた。指差す先の投影パネルを見る。


「なんだ、こいつは?」

「あれを倒してください」

 冷静に告げられる。

「こいつを?」

「ええ」

「あれを俺が……、いや、あれが俺の敵か?」


 質問に静かに頷くメイド服のエンジニアにミュッセルは気を引き締めた。

次回『ミュウの敵(2)』 「はい、同種個体です」

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[一言] 更新有難う御座います。 何か出てきた!?
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