友にして好敵手(2)
「どっちにしろ、合同練習はしばらく中休みだな」
言いにくいだろうからミュッセルから切りだす。
「俺ら対策の練習できねえだろ?」
「うーん、まあ」
「うん、できない」
ビビアンは濁すがエナミははっきりと言う。
「つーわけで、それぞれ準備しようぜ」
「そうね。じゃ、アームドスキンに乗って今度会うのはリングで」
「おう、負けんなよ」
毎日教室で顔を合わせても当面は世間話になる。それか相手の結果についてのみ。
「名前どおりに踊らせてやる」
「そっちこそ。優勝の夢なんて壊してあげるわ」
音を立ててハイタッチを交わす。
「ダンスのお相手は僕でいいのかい?」
「ええ、貴公子と呼ばれるあなたなら見事にエスコートしてくれるでしょ? そのうえで女性を立ててくれる?」
「それは約束いたしかねるな」
グレオヌスはサリエリと握手を交わしている。クロスファイトでは嫌われ者だったミュッセルにとって望んでもいなかった景色である。好敵手とはこういうものかと思った。
(あと一つ)
互いに勝てば両者は激突するのだ。
◇ ◇ ◇
(『キメラッシュ』に勝てたら言わないと)
ビビアンにはずっと心に秘めていた台詞がある。それが現実に近づいてきた。
(それともツインブレイカーズが『ゾニカル・ネイキッド』に勝ってからにする? 負けるとも思えないけど)
気が早いといえばそれまで。しかし、きちんと決まってからでないと変な気もする。迷いに駆られる。
(気が急いてるのはあれかな。エナミが彼に急接近してるから? 親友で、チームにとっても大事なメンバーを出し抜くのは嫌だけど、くっついちゃってから横槍入れるのも問題だし)
事実、気になっているとエナミ本人から聞いている。フラワーダンス内でもそのくらいのガールズトークは行われているのだ。サークル活動的な集団でも女子が集まればそうなる。
(ミュウはどんな顔する? びっくりするかな。あたしがそんな感情を向けていただなんて嫌がるかな?)
彼のほうから向けられているのは友情だとわかっている。それでも、きちんと女性扱いしてくれているのも本当。まだ手遅れではないはず。
(まずは一つ勝たないと)
つまづいていれば話にならないとビビアンは気持ちを切り替えた。
◇ ◇ ◇
グレオヌスはレギ・ソウルのブレストプレートをフルオープンにしてミュッセルと二人中を覗く。仔細に見てまわるも摩耗の金属くずなど確認できない。
(母上がそんな機体を作るわけないけどさ)
ほぼ新品なので機械油の匂いがきつい。鋭敏な彼の鼻には刺激が強すぎる。赤毛の親友は平気で狭い場所も覗いている。
「問題ねえな」
確認を言いだした本人も納得した様子。
「んじゃ、手を入れるか」
「さらに? やっと掴んだとこなのにさ」
「掴み方がわかったんだろ? だからじゃねえか」
容赦がない。
「少なくともフラワーダンスとはハードな試合になる。そのあとじゃ駄目なのかい?」
「あいつらがどんな作戦で来るかわからねえ」
「だから余計にさ」
セッティングを変えたくない。グレオヌス的にはかなりいい感じになっているのだ。
「エナの処理能力は半端じゃねえ。中途半端な対策打ったって裏をかかれて終わりだ」
ミュッセルは考えを述べる。
「どんな攻撃でも対応できるよう整えておくべきじゃないかな?」
「違えよ。こっちは粛々と機体の強化をするしかねえんだよ。あのコマンダーの頭ん中読めるか?」
「無理だ」
反論できない。
「パイロットスキルとそれについてこれるアームドスキンにする。それが俺の思いつくベストの対策だ」
「わかったよ。どうする?」
「とりあえず、この肩周りのシリンダもマッスルスリングタイプに交換すっぞ?」
乱暴な意見にしかめっ面になる。戦友は一顧だにしてくれない。
「感触変わるじゃないか」
ほぼ確実に。
「おう、良くなるぜ。ヴァンダラムはそうなってっから保証する」
「気楽に言ってくれる」
「しゃーねえ奴だな。一から説明してやる」
一度降りると奥を指差す。リフトトレーラーが駐車してあるあたりのさらに奥だった。下から機材用エレベータが上がってくる。
「お持ちしましたよ」
メイド服のエンジニアが浮遊台車を押してくる。
「ありがとよ、マシュリ」
「規格サイズ以下なので収まります。構造バランスも確認済みです」
「んじゃ問題ねえな」
取りだした一本を放ってよこす。グレオヌスは慌てて受け取るが、その手応えに違和感を覚えた。
「軽い?」
見た目のわりに遥かに軽量だ。
「宇宙用の密閉型ジェルシリンダとは違う。ありゃ正確な動作をさせるのに封圧構造してっからな。それだけ厚さがいるから重くなる」
「そうなのか」
「マッスルスリングは維持液の漏出だけ気にすりゃいい。厚さも材料もかなり融通できる。お陰でこの軽さだぜ」
直径が15cm、長さが1mほどのシリンダは本来持ちあげるのも難しい。彼でもその気になっていなければ受け損ねていたはず。容易に受け取れたのは軽さの所為である。
「スパンエレベータに載せろ。始めっぞ」
「わかった」
もうミュッセルを止められないとグレオヌスは覚った。
次回『友にして好敵手(3)』 「詐欺師にも向いてるかもしれないな」