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友にして好敵手(1)

 水槽内を漂うのはテープ状の物体。ピクリともしない様子を見ていると、本当に培養液に浸しておかねばならないのか疑わしくなる。


「これは機能するのかね?」

 監査部員は主任研究員に尋ねる。

「培養が進めば機能するはずです。この状態にするのにかなりの時間を要しているので、してくれないと困りますね」

「一部のみの培養をするのにそんなに苦労をしたとはね」

「これは自家移植用組織とは違うものです」

 現用技術とは大きく異なると説明する。

「分化を促す伝達物質の投与だけではこの形になってくれません。この組織は怖ろしく汎用性、冗長性が高く、一部のみを抽出するのが非常に困難でした」

「随分時間が掛かったような気がするがね」

「ですが、本培養槽の試作品くらい育ってくれれば画期的な素材となりますよ。なにせ真空中でも機能してくれるのですから」


 数多くの失敗をくり返してここまでこぎ着けたのだ。簡単にこの研究部門を閉鎖されては適わない。


「成功すれば、だろう? 製品化できると声高に訴えているのは君だけだ」

 多少の皮肉を込められる。

「入手できたわずかな試片をこのレベルまで持ってきたのは評価されていると聞いていますよ?」

「限られた幹部のみの話だ。他の社員は存在さえ知らん」

「それくらい機密性が必要な開発だったとお思いください」

 ごく秘密裏に進めてきたもの。

「私も監査が済めば忘れろと言われている。君が不正を働いていないことを祈るばかりだがね」

「そんな余裕はありません。どうぞご自由に御覧ください」

「では、発注書から確認させてもらう」


 水槽内でテープ状の物体が蠕動したのに二人は気づかなかった。


   ◇      ◇      ◇


「結局、チーム『オッチーノ・アバラン』は解散だって」

 サリエリがつまんだ野菜スティックを振りながら切りだす。

「しゃーねえじゃん。あんなバラバラな状態だったらよ」

「エレイン・クシュナギがほとんど暴力で支配していたみたいなチームだったって表沙汰になってしまったもんね」

「元からいい噂がなかったとこだし」


 いつものメンバーが集まったランチのテーブルはほろ苦い空気になる。チームの結成、解散は日常茶飯事でも、試合中のトラブルで起きてしまうケースは稀だ。


「アバラン社は叩かれてる。いい気味」

 レイミンの口元にはシニカルな笑いが浮かんでいる。

「事実上黙認していたとなればね」

「企業コンプライアンスを問われるだろうな」

「グレイは嫌ってそうなんだにー」

 猫娘ユーリィは狼頭の頬を突付く。

「大変」

「そうでもねえだろ、ウル。あそこの剣士(フェンサー)どもは揃って腕利きだ。他のチームのスカウトが寄ってたかってさらってくだろうぜ」

「問題はコマンダーの彼女のほうね。スクール生だって暴露もされてエースと衝突するレッテルを貼られてしまったもの」


 サリエリもそちらの情報は知らない様子である。ミュッセルも言葉を交わしただけだし、あと露見しているのは「メリル」というありきたりな名前だけ。


「彼女なら大丈夫だと思う」

 グレオヌスは苦笑を含んでいる。

「ミュウがあれだけ煽ったんだ。動くのは本人だけじゃない」

「四機であのツインブレイカーズを一時的にとはいえ抑え込んだ戦術家ならね。周りが放っとかない」

「で、そのツインブレイカーズと準々決勝で当たることになるのよ。我がフラワーダンスもね」

 レイミンのニヤニヤ笑いが止まらない。

「トーナメント表出たもんな」

「一つ勝てばいよいよってわけ」

「気楽に言わないで。頭が痛くってどうにかしてほしいの」


 エナミは頭を抱えている。コマンダーの苦悩は深そうだ。


「次は『キメラッシュ』じゃん。カスタマーチームじゃ上のほうだが、とりわけ強くはねえぜ」

「ええ、今回の抽選は当たりだと思うの。うちも、ミュウのとこも」

「おう、こっちは『ゾニカル・ネイキッド』だからよ。四天王の『ゾニカル・カスタム』じゃねえ」


 チーム『キメラッシュ』は有名カスタマーチームではあるものの強豪とはいえない。クラスもAAA(トリプルエース)でフラワーダンスと同じだ。

 チーム『ゾニカル・ネイキッド』もAAA(トリプルエース)クラス。大手アームドスキンメーカー『ゾニカル』の持つ二つのワークスチームの弱いほうになる。


「『カスタム』のほうだったら、そっちが負けるかもと思ったのに」

 エナミは軽口なのか本気なのかわからない口調で言う。

「冗談はよせよ。ベーシック機体を任される下位チームに負けられっかよ」

「それでもAAAクラスなのよ? 本トーナメント進出16チームに(エース)クラスなんてあんたのとこくらいなんだから。他はAAAとかリミテッドの有名どころばっかり」

「言ってくれんじゃん、ビビ。四天王は三つ残ってんだ。お楽しみはこれからだぜ?」

 ミュッセルは舌舐めずりせんばかりで告げた。

「全部食うつもり? 無茶もいいとこよ」

「お前らに一つ食われたからよ。あと二つは食わせろよ」

「フラワーダンスに勝ってから言いなさい」


 ツインブレイカーズが勝ちあがれば、順当なら準決勝決勝と四天王と激突となる。対してフラワーダンスは決勝で当たるくらい。しかし、残っているのはリミテッドクラスの錚々たる顔ぶれになる。


(最高だぜ)


 ミュッセルにとってどこを切っても楽しみな先行きのはずだった。

次回『友にして好敵手(2)』 「ダンスのお相手は僕でいいのかい?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 対等の力量が居る幸せ?
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