挑戦は言の葉で(3)
急ぐ必要はないはずだ。ミュッセルならば三機に囲まれようが簡単には落ちない。実際に撃墜判定のコールはない。
ただ、急いているのはグレオヌスの心。戦友を助けたい気持ちと、もっとレギ・ソウルと戦っていたい気持ちが競り合っている。
(あまり入れ込みすぎると飲まれるかもしれない。でも、ときに身を任せるもいいと思える。このアームドスキンが大丈夫と言ってる)
不思議な感覚であった。
ヴァンダラムとの相対位置は空気感のごとく伝わってくる。リンクがまさしく繋がっているかのように教えてくれた。そこへと一直線に進む。
「まわり込め、グレイ。リンク、見えてんな?」
「ああ、問題ないさ」
「背中向けさせっからよ」
ミュッセルも距離感を体感覚として把握しているらしい。どこへ向かえばいいのか相互リンクが伝えてくる。ナビスフィアにも反映されているようだが見るまでもない。
「よし、来い」
敵機の背中が見える。普通ならそのまま落とせる距離だったが瞬時に反転してきた。一筋縄ではいかない。
「グレオヌス君を目覚めさせてしまったのは誤算。それであきらめるほど優しくはなくてよ?」
「食えねえな。もう一つもらっとく予定だったのによ」
目はもう一つあった。敵チームのコマンダーである。二基の索敵ドローンが使える以上、彼らの位置や行動は筒抜けであるといっていい。
(クロスファイト運営は僕たちが圧倒するのを良しとしないか。盛り上げるためには不利な条件もつけてくる方針らしいな)
オッチーノ・アバランの剣士はなまじパイロットスキルがあるだけに容易な敵ではない。しかし、一時に比べると戦局は大きく改善されている。
「しゃーねえ。本物の剣闘技ってのを教えてもらえよ」
「ああ、任せろ」
ミュッセルはもう一機グレオヌスに向かっていこうとするのを引き寄せる。一機ずつ確実に仕留めろと言われているのだ。応えないわけにはいかない。
「覚悟してもらおう」
「そうはいかない。目が覚めたのは貴様だけではない」
「手遅れさ。あのリーダーに従う道を選んだ責任は重い」
エレインの意思であり、アバラン社の方針であっても、危ない戦い方をして他のチームを混乱させてきたのである。代償は払わねばならない。
「まいる」
地を這う切っ先が跳ねる。間合いは見切られているようで、スムースなバックステップで避けられた。しかし円弧を描く力場刃は回転力を衰えさせずにリフレクタを叩く。反動で体勢を崩した。
苦し紛れのカウンターが伸びてくるがかまいはしない。頬をかすめる一撃はビームコートをガスに変えただけ。逆にグレオヌスの突きは胸の真ん中を貫いている。
「次」
「おうよ」
ヴァンダラムの拳を食らった機体がよろめいている。コマンダーの指示で立て直しを急いでいるが間に合わない。首を薙ぎ、ブラックアウトに固まったところを横一文字に切り裂いた。
「最後くらい寄越せ」
「そこまで欲張らないさ」
ミュッセルのワンツーで懐が開いたアームドスキン。肘打ちでプレートに叩きつけられた。くるりと回転したヴァンダラムの蹴撃が伸びる。プレートと足裏に挟まれて衝撃を逃がせずコクピットに集中する。
「バイタルロストぉー!」
ずるりと崩れ落ちた。
「勝者、チーム『ツインブレイカーズ』! 四回戦突破で本トーナメント進出だぁー!」
アリーナが湧いている。応援してくれたファンに手を掲げて応えた。ヴァンダラムと同じブレストプレートタイプとなった機体から外に出ようと思ったところでミュッセルがいつもと違う動きをしているのに気づいた。
「そこの面白ぇー女!」
センタースペースから北サイドのスタッフルームを指さしている。
「このまま沈むんじゃねえぞ? きっちり整えてからもう一遍掛かってこい。ほんとの勝負つけんぞ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね? できればそうしたいところ。事情が許せばね」
「お前ならできるはずだ。全体を支配できるほどの指揮能力のあるお前ならな」
返事はなかった。コマンダーの地位を失ったばかりで確証を得られるほど彼女は愚かではないのだろう。それくらいに理知的な空気を感じさせる相手だった。
(僕はこういう女性は遠慮したいとこなんだけどさ、ミュウは好きそうな強敵なんだよね)
グレオヌスは再戦の予感しかしなかった。
◇ ◇ ◇
(これは……、難しくなっちゃった)
エナミはアリーナでチームメンバーとツインブレイカーズの勝利を喜び合っている。しかし、内心では困っていた。
(グレイは変わった。終盤の動きはこれまでの比じゃない。分析し直さないと)
データを更新したいが、そもそものデータが今日の試合分しかない。あまりに足りない。対戦はすぐそこまで迫っているというのに。
「さあ、気合い入れるわよ。いよいよ、あいつらと戦うときが来るんだから」
ビビアンは気炎を吐く。
「最強で最高の敵ね」
「楽しみだにー」
「極めて厄介だけど」
「面白い」
それぞれに感想を述べている。
「よろしくね、エナ」
「うん、頑張ってみる」
(弱点らしい弱点もなし。連携もスムースになってる気がする。どうすればいいのかしら?)
エナミは不安と同じくらい期待でいっぱいだった。
次はエピソード『敵の名は』『友にして好敵手(1)』 「一つ勝てばいよいよってわけ」