挑戦は言の葉で(1)
沈黙したエレイン機が転がる中、奇妙な空気になる。クロスファイトドームでは珍しいことだった。
「さあ選びなさい」
女の声は続いている。
「トップエースを失ってこのまま敗退するか、それとも足掻くか」
冷静沈着な声の主はオープン回線を使用したままで告げる。つまり彼らツインブレイカーズへの挑戦にも近い。察したミュッセルとグレオヌスは手控えしている。
「わたしはこれで解雇になるでしょう。アバラン社が好んで使ってたパイロットを見殺しにしたのですから」
まるで悟ったような台詞。
「なんの悔いもありませんが勝敗はまだ決していない。最後までは仕事をするつもりです。あなた方はどうしますか? エレインの軛を逃れて自由な状態で自らの力を信じますか? それならば真の力を振るえる場所を作りましょう」
(本気にさせちまったか。あのクソ女におもねって縋りついてるだけかと思ったら肝が座ってんじゃねえか)
ミュッセルは認識を改める。
オッチーノ・アバランのコマンダーは横暴なエレインに屈したわけではなかった。与えられた役割を忠実に演じていただけなのだ。その範囲で最大の効果を持つであろう策を講じていた。
「わかりました。ではまいりましょう」
返事はチーム回線であったらしい。
「配慮ありがとう、ツインブレイカーズの少年たち。続きを始めます」
突如の速攻を警戒して間合いを外していたレギ・ソウルは再びブレードをかまえる。ぽつんと離れた位置にいたヴァンダラムも援護にまわるべく体勢を整えたが無用だった。二機がミュッセルへと向かってくる。
「度胸は買うが、割ってどうなるってんだ?」
「結果を見て断じなさい」
変わらずコマンダーの声だけが聞こえる。
(ナビスフィアだけで戦術指示をするつもり、いや、普段からそうしてやがんだな)
彼女の作戦は口頭で伝えられるようなものではないと思いだす。
移動方向、移動速度、攻撃タイミングまでおそらく戦術パネルから各機に指示をしている。指先だけの操作で部隊全体を動かしているのだ。
(エナみてえなナビオペ兼コマンダーじゃなくて純粋な戦闘指揮官タイプかよ。ちと面倒なことになるか?)
それを考えると今の位置取りは良くない。最初からグレオヌスと分断されているに等しい配置だった。
「リンク強化すんぞ、グレイ。まだ障害物解析がすんでねえ」
「これは嵌められたかもしれないな。二機の電子戦能力でもマップが明るくなるまでには時間が掛かる」
「とりあえず無理はなしだ。連携取れない状態で向こうにペース持ってかれるとマズい」
マシュリがいれば情報解析も進んでいたのだろうが要の試合でもないので今日は不在である。しかも相手がテクニカルチームとは言い難いので疎かにしていた。
(動きまで良くなりやがって)
一機は正面に陣取る。十分な距離を取ってちくちくと攻撃を加えてくる。もう一機が死角を取ろうと動くので無闇に突っ込めない。ブレードを打ち払って仕留めにいこうとすると背後から仕掛けてくる気配を見せてきた。
(切り替えようとすると役割をスイッチしやがる。なまじ腕がいいだけ厄介だぜ)
意表を突こうと急に背後へと攻撃を切り替える。当然、死角を気にしながらである。背後からの斬撃を躱して反転し、追い詰めようとしたら拳の先に鋼材を認めた。
「プレート! こんな位置かよ!」
いつの間にかセンタースペース端に誘い込まれている。両方にプレッシャーを掛けつつレギ・ソウルとの相対位置をキープしようとしたのが仇になった。徐々に動かされていたのだ。
「やりやがる」
「それだけではすまないわ」
三機目が接近してくる。もしやと思ったがレギ・ソウルの撃墜判定情報はない。アングルタイプの障害物の向こうで苦戦している姿が見えた。
「グレイ、お前、嘗められてんぞ?」
「そのとおりさ」
苦渋に満ちた台詞がミュッセルの耳に届いた。
◇ ◇ ◇
バランスのいい連携に捕まったのは認めよう。結果的に誘導されたのも仕方ない。障害物の林に引き込まれて動きが制限されると余計に厳しくなった。
(そこで一機抜くとはね。僕がレギ・ソウルへの乗り換えに苦戦しているのを見透かされてる)
もしかしたらエレイン機が健在のときから読み取られていたのかもしれない。底知れないコマンダーの手腕ならなくもないだろう。
だからこそ露骨にヴァンダラムと引き離そうとせず、微妙な距離感のまま障害物エリア内という有利な状況を作られてしまった。
(ミュウの負荷が大きすぎて奥義どころじゃないな。機動力を制限されたうえに一撃でノックダウンを奪う手段を排除されると難しい。彼なら僕のことも気にしてしまうだろう)
レギ・ソウルに手こずっているのを最も知っているのはミュッセルである。フォローにまわろうという意識が強くなれば無理をしてしまうかもしれない。
(足を引っ張る? この僕が? そんなんで父の背中なんか追い掛けられるわけもない。情けないにもほどがある)
ブレードの先がスティープルを舐める。長剣の間合いさえ怪しくなっている。それが内心の焦りを一層自覚させた。
「操ろうと思うな」
父が最後に残した言葉がグレオヌスの脳裏に蘇った。
次回『挑戦は言の葉で(2)』 「レギ・ソウル、僕は君を信じてもいいのかい?」