グレイ参戦(1)
引越し後二日目に銀星杯の決勝があった。ミュッセルは当然のように相手を下し、優勝賞金をさらっていく。すでにリミテッドクラス維持の年間必要ポイントまで達している。
「シーズン始まってまだ三ヶ月じゃないか?」
グレオヌスは呆れ声で告げる。
「トーナメント一つ取ればポイントなんて貯まっちまうんだよ」
「マッチゲームで二十勝くらい必要なんだろう?」
「そんなもんだ」
平場のマッチゲームだと10ポイント。ところがトーナメント優勝では200ポイント入る。決勝敗退でも100ポイント。準決勝敗退の両者は50ポイント。それ以下の準々決勝だと10ポイントでマッチゲーム勝利と同じしか入らない。
トーナメント挑戦は選手のギャンブルである。勝ち残れたときは賞金、ポイントともに充実しているが、時間は取られるし負ければ得るものがない。
「だからマッチゲームばっかやってる奴もいる」
トーナメントのエントリは任意である。
「シーズンで五十とか六十マッチメイクしてもらえれば半分勝てば十分なわけだな」
「もっとも、受けてくれる相手がいればだぜ? トーナメントで勝てねえような奴は人気ないかんな。当たっても旨みがねえ」
「トーナメントには名誉と人気が付いてくるんだね。なるほど頑張らないわけにはいかないか」
色々と事情が絡んでくるらしい。
もっとも維持に200ポイントも必要なのはリミテッドクラスだけ。AAAで150、AAで120、Aで100と下がってくる。
ノービスクラスには維持ポイントの縛りはない。なので長く選手をやっていてもあまり勝てない選手はノービスに溜まってくる。一番層が厚いのがノービス2クラスなのだそうだ。
「なのによ、登録していきなりオープントーナメントにエントリするような無謀な奴もいる」
胸を裏拳で叩かれる。
「ちょうどタイミングが良かったんだから出ない手はないだろう?」
「お前の実力なら結構勝てる。だがよ、上のクラスにいる連中は一癖も二癖もあるぜ?」
「まあ、ビギナーくらいは卒業しても良かったんだけどスケジュールが許してくれないしさ」
彼らはまだ学生である。クロスファイト運営もそのあたりを考慮して週末などにマッチメイクしてくれるが平日では夕方の試合となる。夜中まで拘束できない年齢であると試合数は限られてしまうのだ。
「要は決勝までくればいい。それでお前は一足飛びにAクラスまで特進だ。そこで俺様に負けてもな?」
勝利数で条件が満たされる。
「君がエントリしてなければ、もっと盛り上がる条件で対戦できたかもしれないのに」
「金華杯のオープントーナメントともなると運営から参加要請が来るんだって。そんなもん受けるに決まってる」
「運営さんだって有名選手に出てもらって興行を成功させたいだろうしね」
ソロのリミテッドクラスは現在十五名。興行的には最低でも三分の一は確保したいだろう。
中でも企業の事情の絡まないミュッセルのような選手は要請が出しやすい。契約パイロットのように開発スケジュールなどに左右されないからだ。
「君くらいの選手だと一試合でかなりの賭け金が動くんじゃないか?」
「ま、それなりにはな」
「学生に見合わないひと財産を築ける賞金が払えるくらいだろう?」
今夜のテーブルは非常に豪華である。グレオヌスでも噛みごたえを覚えるような厚い天然肉が皿に乗っていた。焼き加減も絶妙。それが優勝のご褒美だった。
「馬鹿野郎。ヴァリアントは金食い虫なんだぜ。手足や頭の換装パーツは常に揃えとかないといけねえしよ」
試合の周期によっては修理している暇がない。
「そっか。整備や自動製造機械の操作はマシュリさんにお願いできても、素材は買い揃えないといけないもんな」
「それ以外も改修に備えて色々小細工してっから金が幾らあっても足りないぜ」
「管理は彼女に任せてるのに自慢されてもさ」
賞金管理はマシュリに一任しているという。彼女と二人で、裏で色々と準備しているのにも資金が必要でミュッセル一人では手が回らないらしい。
「失敗した」
グレオヌスは後悔する。
「レギ・クロウの整備までマシュリさんにお願いしちゃったもんな」
「かまいません。あの機体は普通の人に扱えるようなものではありませんでしょう?」
「仰せのとおりで」
シシラーレンでも限られた整備士しか調整できなかった。
「お任せを。滞りなく運用できるよういたしましょう」
「申し訳ありません」
「その代わり、約束どおり賞金の一部はいただきます」
そう約束して依頼したのだ。クロスファイトでの戦闘数を鑑みれば、今から恒常的に整備できる人間の確保は不可能だと思ったのだ。
「心配すんな。マシュリがひととおり手を入れられるようにしてくれたら俺も見てやる」
マニュアルの整備もしてくれるという。
「君は自分で自機を整備できるからいい。僕はそこまで器用じゃない」
「鍛えてやっから安心しろ。一年もあればだいたいのとこ触れるようにしてやる」
「必要かどうかはわからないんだけどさ」
「できて損はねえだろ?」
気楽に言うミュッセルにグレオヌスは苦笑いを返した。
次回『グレイ参戦(2)』 「華があって人気も出やすいし」