カウントダウン(５)
戦況は悪くない。剣闘技術でなら明らかに劣っているユーリィも四天王チーム『ナクラマー１』のフェレッツェン選手相手にパワープレイを交えて拮抗状態を作りあげていた。
（これでウルジーがチェイン選手を落としたら一気に優勢に持ち込める。攻めるべき？）
エナミも判断に迷うところ。別に目を向ける。
ビビアンもデモリナス・ハーザ相手に善戦している。幾度となくグレオヌスのブレードアクションとも対戦をくり返してきたからだろう。傍目から見ても遜色のない戦いができていた。
（ここも動かしづらい。無闇に手を入れたら戦局が傾きそう。向こうにペースを持っていかれたら目も当てられない）
せっかくの均衡を崩すのは躊躇われる。なにせ、これまでで最強の敵なのだ。コマンダーの技量が問われていた。
「ビビ……、落として」
ウルジーに差し向けず、そのまま押し込む作戦を執る。
「ラジャ！ 待ってた！」
「勝負を懸けます」
「あたしが決める！」
ウルジーを後押しすれば大きく勝利が近づく。しかし、あえての賭けはしなかった。ツインブレイカーズならやったかもしれないがフラワーダンスはそういうチームではない。
個々人のパイロットスキルは中の上。それが訓練で上の下くらいまでは上がって均衡を演じられている。ここはテクニカルチームとして作戦を貫くべきだと思った。
（待ってたって言ってくれた。ビビは私の作戦を支持してくれてたのね。無理せず、デモリナスの足留めに注力してくれていたんだ）
彼女が落ちて均衡を崩さないよう配慮していたのだ。そこでエナミが攻勢を指示したから勝負どころだと理解してくれた。
（お願い！）
こうなると祈るしかない。
張り詰めた神経がビビアン機の足が土を食む音まで拾う。σ・ルーンという装具が彼女の意識を読み取ってそうさせている。勝負の一手を差した怖ろしさが先に立った。
「ど、どうなっちゃう？」
「信じましょう」
横でジアーノやラヴィアーナも緊張の一瞬を迎える。
ホライズンの足裏グリッドが地面を削る。機体に制動を掛けつつビームランチャーがデモリナスのルーメットを捉えた。
一射目はリフレクタに当たって拡散させられる。反動でわずかにノックバックするものの、パワーで持ち直して斬撃を放ってきた。しかし、斬撃の先にビビアンはいない。
「決めろ！」
「当たって！」
前転していたホライズンが寝転がりつつ照準している。足回りの安定感が生みだしたスムースな回転だったがゆえに砲口もブレない。正確にルーメットの脇腹を指向していた。
「これはぁー！」
ビームが胴体に炸裂する。
「先に落ちたのはナクラマー１だったぁー！ これはどんでん返しだぁー！」
実に試合開始から八分以上の均衡を保っていた戦局が動いた。フラワーダンスに有利に働く方向へ。
（今のがグレイ相手だったらブレードガードされて瞬速の斬撃に見舞われていた。そこまでは無いと読んでビビは仕掛けたのね）
彼女の読みは奏功し、敵手の剣を下す。こうなれば押せ押せの流れだ。
「ビビ、ナビスフィア！ リィと二人で落として！」
「もち！」
すかさずユーリィの位置をビビアンに飛ばす。休ませている暇はない。残ったスタミナを全投入してもいい。
「嘘でしょ？ ディーモが落ちたって？」
「お前も落ちるにー！」
ユーリィが猛攻に転じる。際どい判断だが悪くない。ここは相手にシフトを変える時間を与えたくない。
「チマ、迎撃して」
「冗談はよせ！ こいつら、とんでもないスピードで！」
すでにビビアンはフェレッツェン機の横に出ている。これが剣士ならもっと時間を食っているが、今の彼女は砲撃手だ。射線だけ通れば攻撃可能。
「あぐっ！」
リフレクタに直撃する。
「もらったに！」
「させるか！」
「やらせない！」
それぞれの意図が交錯する。ユーリィを狙撃しようとしたビームはビビアンが防いだ。サリエリの狙撃がフェレッツェンの足元を崩す。大上段からの斬撃がルーメットに斬線を刻んだ。
スティープルを縫って走るホライズン。あっという間に距離を縮めて狙撃手を丸裸にした。振り向けられた砲口をビビアンが左手で弾く。
「お終い」
「馬鹿なぁ！」
チマ機にビームが着弾して機能停止する。
「連続ノックダウぅーン！ これはナクラマー１、崩れたかぁー！？」
エナミの指示でウルジーの元へ向かう三機。しかし、そこでも変化が起きていた。
「あり得ないよ！ ディーモにレッツェ、チマまで落ちたってぇ？」
「事実」
動揺が剣閃に表れる。回転したスティックが下から手首をかち上げ、反対の先が胸を打って転倒させた。
「もーらい」
「そんなぁー！」
サリエリの狙撃が直撃を奪う。反動で転がったチェイン機は完全に沈黙した。
「え、なに？ 向こうは一つも落ちてない？」
シーヴァが戸惑っている。
「ない……。ギブアップ……」
「おーっと、なんという番狂わせぇー！ フラワーダンスのジャイアントキリングだぁー！」
リングアナが絶叫する。
「四天王『ナクラマー１』が本トーナメントを前に敗退ぃー！ 波乱の翠華杯はどうなってしまうのかぁー！」
エナミは切れた緊張感に大きく息を吐き全身を弛緩させた。
◇ ◇ ◇
「勝ったか、フラワーダンス」
「次は僕たちの番だな」
観戦していたパネルの前でミュッセルとグレオヌスは拳を合わせた。
次回『ストラグルフィーバー(１)』 「リングはそういうとこじゃないといけないのさ。あんたもそう思うだろう？」
