はぐれ者の拳(2)
マシュリたちゼムナの遺志は戦気眼持ちを『ライナック』と呼ぶのだそうだ。始祖の一族がその家名を持っていたかららしい。
「メルケーシンを覗いていたわたくしは、とある少年が戦気眼持ちの動きを見せているのを発見しました」
「それがミュウだったのですね?」
ライナックの異能は、他の新しき子や融合者と違って動作に表れやすい。それゆえに目立ってしまって興味を惹かれたという。
「調べてみましたが、彼はバレルと一切の関わりを持ちません」
遠縁でもないという結果が出た。
「なのに戦気眼が発現しております。それにどんな意味があるのかはわたくしにもわかりません」
「あなた方でもですか」
「傍で監視しておく必要性を感じました。単なる偶然であれば事もなし。ひとときを無駄にするだけです」
(嘘だね)
グレオヌスにはわかった。
(強い能力を持つミュウを危惧したんだ。彼の能力を戦争とかに利用されないよう導くつもりだと思う。そのうえでサポートする気で。彼らにはそういう優しいところもあるから)
シシルをもう一人の母とする彼だからこそ理解できる。マシュリはミュッセルのことを思っているからこそ正体も明かさず傍にいるのを選んだ。
「彼の運命。僕がここにやってきたことにも意味があると思いますか?」
「それもわかりません。でも、あなたはもう決めているのではありませんか?」
「降参です。隠しごとはできませんね」
苦笑いを返す。
(ブレアリウスにだってわかるはずもない。でも、時代っていうのは言わせるんだろうね。「行け」って)
自分に役目があるならそれに従うつもりだった。
「準備をします」
「お手伝いいたしましょう」
迷いもなく言ってくれる。
「心強いです」
「その前にシシルに断っておかねばなりませんね。あなたの大切な養い子に干渉してしまうと」
「シシルはそんなこと気にしませんよ」
着替えてきたミュッセルが送風口の前の列に加わった。そうしているうちに夕食の時間になり、いつものテーブルに料理が並ぶ。ブーゲンベルク家は皆で食事をするのがルールであるようだ。
「明日も組手すんぞ」
旺盛な食欲を示していたミュッセルがひと心地ついたところで言う。
「じゃあ、ウレタンスティックとか防具とかここに置かせてもらってもいいかい?」
「いいけどよ。……あー、面倒くせぇ。お前、もうここに住めよ。今も仮住まいなんだろ?」
「うん、立地の良いレンタルルーム見つけたら引っ越す気だったんだけど」
とんでもない申し出をされる。
「いいだろ、お袋?」
「部屋はあるよ。好きに使いな」
「そうしろ」
チュニセルもダナスルも一考するまでもなく同意してくれる。ブーゲンベルク家の人間の人の良さには呆れてしまいそうだ。そうでなくともメルケーシンに来てからの夕食はほとんどここで済ませているというのに。
「生活費は入れます。元々滞在費に決めてある枠がありますので」
「気が済むならそれでいい」
あまり大きな額は受け取ってもらえそうにない。
「では、お世話になります。ただし、ちょっと……、いえ、かなり大きな荷物があるのですがかまいませんか?」
「見てのとおり場所は十分あるよ。部屋ごと持ってくるとか言わないかぎりは大丈夫さね」
「微妙にそんな感じなんですが」
チュニセルが広いメンテナンススペースを示すが、サイズ感はかなりのものになる。収まるような代物だし、ここにあっても違和感のない物だが。
「かまわん」
「ありがとう」
ダナスルの一言で決定し、グレオヌスは安心して準備をできそうだった。
◇ ◇ ◇
「えー、マジで?」
さすがにビビアンも仰天している。
「うん、今日からミュウのところにご厄介になることになったんだ。放課後に引っ越しする」
「学校からもわりと近いから都合はいいかもだけど、えー?」
「なんだか流れでね。ご両親も快く受け入れてくださったし」
問題はそこではないのだろう。どちらかといえば羨ましいと感じているようだ。彼女はミュッセルのことを憎からず想っていると感じる。とはいえ同居するのは話は別だ。
「これからは気兼ねなく遊びに来てくれていいよ。ホテルに招待するのはアレだったしね」
「そっちも悪くないと思ってたんだけど。だってグレイの泊まってるとこ、タレスでも有数のとこなのよ」
「おっと、それは失礼」
そんな会話があった放課後に予定どおり引越し作業をする。とは言っても、彼の私物など衣服とか身の回り品以外は無きに等しい。たった一つを除いて。
それはブーゲンベルクリペアのメンテスペース、ヴァリアントの横に置かれた。基台に立つアームドスキンは灰色を基調としている。
(使い道があるかどうかもわからないまま一応は持ってきていたんだけど、一番利用価値があるものになるとは思いもしなかったな)
メルケーシンでコクピットに収まるようなことはないかもしれないと思っていた。その予想はいとも簡単に覆る。
「専用機『レギ・クロウ』。僕はこれで君に挑戦するよ、ミュウ」
「上等じゃねえか」
二人は拳を合わせた。
次はエピソード『クロスファイト』『グレイ参戦(1)』 「登録していきなりオープントーナメントにエントリするような無謀な奴もいる」