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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
狼の休暇の過ごし方
131/409

戦う理由は(1)

 そこはマシュリが個人的に使っているスペース。ブーゲンベルクリペアの地下に作られた部屋だった。


 片方を固定された幅5mmの繊維は下端に伸長力(テンション)を掛けられている。メーター表示が200kgにいたったところで毛先ほども伸びなくなった。しかし破断することはない。

 テンションを解除して試片の繊維を外す。このあとはダメージ測定と劣化判定を行う。強度的には問題ないとわかったが、露出状態での変化を見逃すわけにはいかない。


『まだ強化をしているのですか?』

 ある一人の人物を除いて入ってこられない場所にその声が届く。

「試作をくり返す段階です」

『実用化部品でも十分な性能を発揮していると見ましたが』

「耐用に関してさえ具体的な数値を示せない状態です。日々のチェックは欠かせません」


 視線を向けると相手は3Dモデルの姿で立っていた。飾り気のないゆったりとした白いワンピースは彼女に良く似合っている。


『マシュリ、彼をあなたの子とする気ですか?』

 ゼムナの遺志のネットワークでも疑問視されているようだ。

「決まってはおりません。流れでしょう、シシル? 最初から一目瞭然で『時代の子』であった人物など『翼』くらいのものではありませんか」

『そうですけど』

「あなたの子など不憫のあまりに救いたかっただけでしょうに」

 シシルの助けで思わぬ成長をした男だった。

『私とは違うでしょう? あまり個人に肩入れすることのないあなたが彼には非常に興味を示した。その一事が皆を戸惑わせているのです』

戦気眼(せんきがん)の発現条件が気になっただけです」

『不審がられない生体端末を準備してまで接触するほどの理由でしょうか』


 なにが面白いのかころころと笑いはじめる。彼らにとって姉妹機のマチュアと変わりない変わり者と認識されている様子である。


「なんとでも。これを見ただけでもわたくしと嗜好が似ているのは間違いありません」

 試片を示す。

『確かに。研究分析が好きなあなたには最適かもしれませんね。興味深いのは否めません』

「なにもなければよろしい。それだけです」

『私もそう考えていました。ですが、人類の矯正力が侮れないのは歴史が証明しています』

 認めざるを得ない。


 協定者の人数が時代の激動と比例している。マシュリはそう見定めていた。ならば人の変化は注視しておけねばならない。油断すれば人類は容易に滅びるのである。


「少なくとも、試用段階の駆動機構が完成するまではともにいるでしょう」

『あなたらしい理由です』

「言い訳と言わなかったので追いださないであげます」

『あらあら』


 マシュリはシシルに今判明している範囲のデータを説明した。


   ◇      ◇      ◇


 翠華(すいか)杯に向けた調整を終えたミュッセルはテーブルまで戻って喉を潤す。一足先にレギ・クロウが仕上がっているグレオヌスは父の手伝いをしてくれていた。


「ご苦労だな。なにからなにまで自分でするのは大変ではないか?」

 ブレアリウスが尋ねてくる。

「そうでもねえ。部品の段取りまでしなくてよくなったからよ。マシュリがいねえと俺一人じゃヴァンダラムを維持できなかったぜ」

「その程度の認識か」

「なんか不都合でもあんのかよ」


 狼は口を閉ざす。見た目のわりに思慮深さを感じさせる青い瞳も閉じられて内心をうかがい見られない。怒っているのかと思う。


(ずいぶんと恭しく接してたからな。この人にとっちゃマシュリの一族は一番敬意を払わなきゃなんねえ相手なんかもな)

 それとなく察している。

(グレイもあいつのこと知ってるふうだった。基本的には誰にも礼儀正しいが、マシュリにだけはかしずくみてえな態度を取りやがる)


 今日は所要とやらでデードリッテがいない。へーリテもビビアンたちに連れだされている。なので無口なブレアリウスの心を読んで通訳してくれる人物に欠いているのだ。怒らせたくない相手だが、なにを考えているのかもわからなかった。


「父上、なにか?」

「いや、うむ。マシュリ殿のことで、な」

 戻ってきたグレオヌスが空気を読む。

「そういうことでしたか。いい機会だから訊いておきます。ミュウ、君はマシュリのことをどう思っている?」

「どうって? 頼りになるエンジニアだぜ。信頼してる」

「そうじゃなくて、彼女を誰だと思っているかってことさ。特に聞きだしたような話を聞いてないんだけど。気にならない?」

 ダイレクトに尋ねられる。

「気にしねえ。正確にいえば気にしても仕方ねえと思ってる。必要なら言ってくんだろ。無理に事情を聞きだそうとすんのは、それはそれでマズいんじゃね?」

「そうかもしれない。人間関係は構築してるし、金銭的な関係性もクリアしている。でもお互いにどこか線を引いているような素振りも見られるんだ。君らしくないと思うんだけどさ」

「ま、らしくねえっちゃらしくねえな」


 肩をすくめてみせる。グレオヌスにせよブレアリウスにせよ真剣なのはわかっている。誤魔化すつもりもなかった。


「なぜだい?」

「俺はよ、あいつが怖いんだ」


 ミュッセルは本音を明かした。

次回『戦う理由は(2)』 「ああ、その役目は僕たちではないから」

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