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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
狼の休暇の過ごし方
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狼少女、学校へ(2)

「聞いています。ちゃんと面倒は見てあげてくださいね、グレイ君」

「ありがとうございます、クリス先生」


 数学教師のクリスティ・ワシュマとちょうど出会ったので断りを入れる。話は通っている様子だ。


「それとミュウ、あまり他の学科の先生を困らせないようにね」

「ついでみてえに言うなよ、クリス」

 鼻の頭に皺を寄せる。

「あんたには迷惑かけてねえじゃん」

「偏りのひどい生徒は難しいの。まるで指導力が足りないみたいに思ってしまうじゃない」

「しゃーねえ。今度マシュリにここの制御部も改造してもらうぜ」


 頭を指して言う。もちろん冗談でクリス先生も笑っていた。


「ミュウお兄ちゃんは勉強駄目なの?」

「文系はさっぱりだ。世の中が理系でできてりゃ俺は天才なんだがよ」

「みんながみんな数値化なんてできないもん。それぞれの言語で理解できないと」


(頭いい子の考え方なのね。ほんとに優秀なんだ)

 エナミにはすぐにわかった。

(でも「ミュウお兄ちゃん」? 思ったより距離近い)


 十三歳、微妙な年頃である。懐いてるだけか、憧れなのか、あるいは恋心か。もしかしたら自身にも理解できているとは限らない。ただし相手はアゼルナン。早熟気味なところをみると、あながち勘違いでもなさそうだ。


「へぇ。じゃあ、休暇中はミュウの家に?」

「ああ、両親は公的な身分があるのでそうはいかないが、リッテは僕の部屋で世話になってる。だから時間を気にしなくていい」


(急接近してた。心の成熟度次第なとこある)


 今もミュッセルに手を引かれている。自然にそれを受け入れるのは思春期の少女には難しい気もする。ただし本人は屈託がないのでなんとも見極めづらい。


「だったら放課後遊びに行こ。タレスの街を案内してあげる」

「ほんと? 嬉しいです」

「うんうん。やっぱり女の子同士じゃないとね」

 女子たちはすっかり馴染んでいた。

「お前ら、練習は?」

「組み上がるのカンスの日」

「来週から翠華(すいか)杯予選始まんぞ?」

 予定が入っている。

「週末で仕上げて予選に臨むしかないの。だから空いてるの前半だけ。思いっ切り遊んどかなきゃ」

「いっつもタイトだな」

「不思議とね」


 週末からは詰まっている。ただし翠華杯はオープントーナメント。オープンのビッグトーナメントだけあって試合間隔が長い。調整しながらでも対応可能だとラヴィアーナが断じている。


「今のクロスファイトの話ですよね?」

 へーリテは鼻をヒクヒクさせている。

「興味ある?」

「わりと。だって最近のお兄ちゃん、その話ばかりなんだもん」

「お兄ちゃん、話題狭いって」

 グレオヌスは渋面になる。

「許してくれ。参加してからこちら、ずっと負ければ終わりな生活なんだから。他に話すことがない」

「そういえばトーナメントばかりだわ」

「今が一番余裕がある。両親が来たのが今週で助かったと思ってる」


 確かにグレオヌスは平場の試合をほぼ経験していない。身体が慣れないうちからスケジュールに追われてきたのだろう。


「翠華杯は体力的にもアームドスキンの調整面でも余裕があんぜ。じっくり挑めるから楽だ。今回もいただくぜ」

 ミュッセルがニヤリと笑う。

「あたしたちも斡旋枠だから確実に出れるわよ。さあ、どこで当たるかしら?」

「本気でやるのは楽しみだ。リングで差を見せつけてやる」

「嘗めないことね。あんたたちを一番知っている敵はあたしたちよ」


 すでに臨戦モードである。エナミも彼らと当たるまでに最適解な作戦を組まねばならない。


「観たい」

 へーリテは余計に刺激された様子。

「なんだったら練習見にくる? 内緒できるなら色々見せてあげられるけど?」

「お兄ちゃん?」

「お邪魔にならないようにできるならな。秘密に関してはまあ、うちの家族は言うまでもないから」

 母親の研究には最高機密が含まれていることだろう。

「遊んであげてもらえるかな?」

「お願いします」

「ええ、もちー」


 いとも簡単に馴染んでしまう。狼少女は人好きのする性格をしていた。ミュッセルもそういう感覚で接しているのだと思いたい。


「教室って新鮮。楽しみです」

「リモート授業でも、他の人も参加していれば意見も聞けるけど生の印象は薄いものね」


 へーリテの気持ちがわかる。エナミは様々な環境を経験してきた。誰かと一緒に学ぶというのは勉強以上のなにかを与えてくれるもの。


(人間関係のトラブルもなくはないけど、子供だとはいえ加害側にペナルティがあるっていう当たり前のルールが浸透してからはエスカレートしにくくなったって歴史もあるし)


 仲良くするもいい。切磋琢磨するもよし。ときには衝突するのも人格形成の栄養にはなる。しかし、一方的な加害は否定されてきた。それを戒めなければ子供の社会も腐敗する。


「げ、解き方さえわかれば俺たちの授業にもついてこれんのかよ」

「だって解けるように教えてくれてますよ?」


 グレオヌスの妹は本当に優秀だった。それこそ教師を喜ばせるほどに。逆にミュッセルなどは危機感を抱く。十三歳の少女に勉強で負けるのは沽券に関わるらしい。教室にはにわかに活気に満ちた。


(刺激になってる。学校側はそういう効果も狙ってたのかしら?)


 エナミにはそんな意図も感じられた。

次回『狼少女、学校へ(3)』 「だから普通の格好で来んなっつったろ?」

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