祝勝
疲れているはずなのに、身体は興奮して休息を求めない。そんな感覚だろうとミュッセルは思う。自分が大きなトーナメントで優勝したときもそうだった。
(オープントーナメントで勝ったの初めてだもんな)
フラワーダンスは今までアンダーエーストーナメントや以前アンダーノービスで優勝したくらいでシーズンクラスを維持してきた。今回のように一勝で大きなポイントが稼げる勝利は味わっていない。
さらに進退まで懸かっている重要なトーナメントを勝ち抜いた。これは大きな自信になるだろう。もしかしたら強力なライバルを育ててしまったかもと思ってしまう。
「ありがとうございます!」
いつものヘーゲルの地下機体格納庫に戻り、ビビアンたち六人は横並びになって深く腰を折ってエンジニアや整備士の皆に感謝を捧げた。誰の支えがあって得た優勝カップなのかを理解している。
「やめてくれよ」
彼女らを称える声はもちろん、男泣きをしているスタッフもいる。女性スタッフも泣きながら駆け寄ってハグの嵐だ。喜びの涙で床が濡れるほどである。
「いつまでも泣いてないで祝いましょう」
ラヴィアーナが音頭を取る。
先ほどからデリバリーロボットが列をなしてやってきている。広げられたテーブルはみるみる料理の大皿で埋まっていく。祝勝パーティーの準備は整いつつあった。
「その前に一つだけ」
皆を鎮める。
「会長よりメッセージをいただいております。それだけ鑑賞しましょう」
大型パネルが表示され、そこには午後に会ったばかりの女性が優雅に座る姿が映しだされた。忙しい身で観戦まではできずに帰ってしまったが、試合結果は知っているという。
「まずはおめでとう。今日のこの結果はそこにいる皆さんの努力の賜物です。わたしは誇らしくて仕方がありません」
マリラ・ヘーゲルは穏やかに微笑む。
「すでに当社のカンパニーページにはアームドスキン部門に対する多数の問い合わせが来ていると聞いていますわ。社への貢献としては素晴らしい結果であると評価しております」
技術開発の意味での効果の他に、ワークスチームの宣伝効果というのを実感しているという。わずか数時間で稀にみるアクセスがあったらしい。
「さて、チーム『フラワーダンス』の皆さん。あなた方は今日から正式に我が社の一員です。家族になれたのを大変嬉しく思っています」
またすすり泣きが聞こえてくる。
「これからもあなた方の努力に報いられるよう、全社一丸となってアームドスキン部門を盛り立てていく所存です。力を貸してくださいね?」
契約締結に関しては主任から聞くようにと断り、最後に称える言葉が付け添えられた。
画面は変わってグローハ・ノーズウッド役員が映る。正式な辞令として、彼が転属してアームドスキン部門の主幹となると告げる。それとともに生産ラインの建造とホライズンの正式リリースが発表された。それでメッセージは終わる。
「え、それじゃあたしたちの仕事は終わりでは……」
ビビアンは誤解している。
「ばーか、一発目がきっちり立ち上がったら二発目の準備に掛かるんだよ。お前らは次世代機の開発のためにホライズンの可能性をどこまで引きだすかが仕事だ」
「次世代機……」
「同時に量産のためにブラッシュアップ技術も試される。大変だぜ。ちょっとずつ良くなってくマシンを毎回掴んでいかなきゃなんねえんだからな」
今更ながら責任の重さを認識したらしい。ラヴィアーナもそのとおりだと同意する。ワークスチームとはそういうものだ。
「そりゃいいが、俺がいてもいいのかよ」
「二人もプロジェクトチームの一員です。一緒に祝ってくださいな」
パーティー予算は会長から御祝儀をもらっているので心配ないという。
「太っ腹だな」
「では遠慮なくいただこうか」
「ここで聞いたことの一部は秘密にしていただかないといけませんけど」
「んじゃ、口止め料を腹に詰め込むか。マシュリ、元取るぞ」
そこからはまさに祝宴だった。子供たちは禁じられるが、大人組はアルコールも入って大騒ぎである。
「よろしくねぇ。スクール生女子と仕事するとか、ぼく、社内でうらやましがられちゃうよ」
「セクハラですよ、ジアーノさん」
ビビアンたちは正式に貰った入構パスを誇らしげに掲げる。全員から拍手を受け取っていた。
(一段落ってとこか)
ミュッセルは盛大に天然肉にかぶりついた。
◇ ◇ ◇
ブーゲンベルクリペアは閑散としている。ランドウォーカーの肘から先のパーツが一つだけ転がっていて、ミュッセルはそれと格闘していた。
「どうやったら切削力場の前に手ぇ突っ込もうって思うんだよ」
指が三本ばっさりと斬れている。
「手の平剥いで動力ライン引っこ抜かねえと駄目だ。手伝ってくれよ、グレイ」
「ああ、ちょっと待ってくれ。メッセージだ」
「早くしろ」
急かすが狼頭は沈黙を守る。
「ダーナさんとチュニさんは来週末には旅行から帰ってくるんだったな?」
「おう、もっとゆっくりしてこいって言ったんだが一週間で十分だって。で、なんだよ」
「家族が来るらしい。挨拶したいって言ってるけど都合はどうかって」
「なんだって?」
ミュッセルはグリスの付いた手で前髪を掻きあげてしまった。
次はエピソード『狼の休暇の過ごし方』『トレンドリーダー(1)』 「サボってたらすぐに追いつかれっぞ?」