表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/50

6-2 まるで血の海のようだ

 料亭の駐車場は、周囲を雑木林に囲まれてしんと静まっていた。

 砂利が擦れる音を立て、最上は車を端に寄せた。扉を開けて、外に出る。夕方とはいえ、葉陰に覆われて薄暗い。ぽつぽつと行燈あんどんが灯り、数メートル先に玄関が見えた。


 最上はその場から動かずに、耳を澄ませた。

 意識を集中する。

 …………斜め後ろ、右側で、かすかに空気がゆれた。

 ぎりぎりまで引きつけてから屈みこむ。

 男の呻き声がした。バランスを崩したのだろう。

 右肘を男の鳩尾に食いこませる。

 手応えがあった。そのまま手首をひねり上げ、頸動脈を圧迫する。


「運動不足ですね、義父さん。昔はもっと動けたでしょうに」


 砂利道にハンマーが転がった。

 目をむいて最上を睨みつけ――伯父の首がかくんと垂れる。

 両手で抱きかかえ、最上は男を車内に運んだ。



 最上は左耳の奥にふれる。イヤホンは嵌まったままだ。

 すっかりなじんで外すのを忘れていた。インカムをオンにする。

 助手席で伯父が身じろぎする。手足は拘束して、上からブランケットを掛けておいた。今朝の史狼くんみたいだな、と思い、悠長なことを考える自分に苦笑いする。


「目が覚めましたか?」

「辰彦……おまえなにを」

「なにをって? 聞きたいのは僕の方です。僕をハンマーで殴り殺すつもりでした?」

「まっ……まさか! おまえ、なにを言って」

「ですよね。それなら義父さんはどう見ても殺人犯だ。せいぜい気絶でもさせるつもりでしたか?」

「そんなこと……」

「心中したいんでしょう? 僕と」

「なっ……なにを言ってるんだ?!」

「僕を海に沈めたいんでしょう? 気絶させて車に乗せて。飛びこんだ後は、自分だけ脱出するつもりでしたか?」


 最上は緑のスマホを振ってみせる。自分の物ではない。


「おまえっ……それは私のっ!」

「検索履歴なんて残すもんじゃないですよ、義父さん。ちゃんとシークレットモードで見なくちゃ。まあ、解析すればバレますけど」

「辰彦‼ おまえは何か勘違いをっ……‼」

「義父さんの計画どおりでしょう? ちゃんと埠頭に向かってますよ。なにが不満なんです? ああ……助手席に座る予定なのは僕だったのにって?」

「やめてくれ……なあ、辰彦? 冗談だろ?」

「なにがですか?」

「まさかこのままほんとに、海に飛びこむなんて……」

「本気ですよ」


 最上は車の速度を上げた。信号にはまだ一度も引っかかっていない。たまにそんな時があるものだ。まるで――天に味方されているように。


「僕が記憶を取り戻したことにする。そして僕は、両親の死の真相を知って後悔に耐えかねた……なぜなら、そのどちらかを殺したのは自分だから。死に駆られた僕を説得しようとして、義父さんは巻き込まれた。そんなシナリオでしょう、これは?」

「辰彦、止めてくれ……‼」

「違いますか? そうなんでしょう?」

「そっ……そうだ! 悪かった! だから引き返し……」

「もう遅いですよ。僕はすっかりその気になってしまいました」

「なにを言ってっ……」

「……逃がしませんよ、伯父さん」

「辰彦っ‼」

「…………そんなに怒鳴るな、史狼くん。一緒に伯父を捕まえるんだろ?」


 インカムを押さえ、最上は目を細めた。

 フロントガラスが真っ赤に染まっている。

 まるで血の海のようだ。



 埠頭の周りにパトカーが集まっている。

 宮川が車を停めると、史狼は扉から転がりだした。

 手近な警察官の男をつかまえて、声を張り上げる。


「二人は?!」

 男が指した一角で、伯父が毛布に包まっていた。その手に手錠が嵌められている。

「最上はっ……?!」


 男は同情するように、ゆっくりと首を左右にふった。

 海にはボートが浮かび、水難救助隊の隊員たちが潜っていた。

 史狼は声もなく、暗い水面を見つめ続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ