6-1 心中したいんでしょう?
昨日――あれから一色とメグミは救急車で運ばれて、史狼と宮川、それに看護師の女も病院に付き添った。女は警察官とともに娘の病室に留まった。史狼は警視庁に向かい、事情聴取を受けた。ひととおり話を終え、ロビーに戻るとすでに陽が沈みかけていた。
「ごめんね、主任、外に出てるみたいなの。なにか言伝ようか?」
「大丈夫です、忙しいだろうし。宮川さんも無理しないでください」
「へへ、大丈夫! 二徹までならいけるから」
宮川は拳を手にあてて笑ってみせた。顔も手も擦り傷だらけで、あちこちに絆創膏が貼られている。かっこいいな。ふとそう思い、史狼は夕陽がまぶしい振りをした。
耳が痒くて指をふれ、あ、と気づく。イヤホンを入れっぱなしだった。外そうか。もう必要もないだろう……指先でつかもうとして、史狼は動きを止めた。
『…………心中したいんでしょう? 僕と』
口を開こうとする宮川に、しっと指を立てた。インカムに意識を集中する。真剣な史狼の様子に、宮川が気圧されるように黙りこむ。
『本気ですよ』
インカム用のスマホを取りだす。最上の現在地は――刻々と移動している。車だろうか。埠頭にむかっていた。
「宮川さん、最上は誰といるんですか?」
「えっ? 宮城県警の本部長が……兼森さんの叔父さんが至急の用事があるそうで」
「埠頭にですか?」
「ううん、料亭って聞いたけど」
「…………おい! 待て‼」
「大上くん?!」
「おい! 最上‼ 止めろっ……‼」
「どうしたの、大上くん?!」
「ふざけんなっ…………‼」
ロビーの警察官たちが一斉に振りむいた。
宮川が目の前で、鋭く彼を見つめていた。
◆
兼森から報告が届いたのは夕方だった。
昼過ぎに仙台に着き、兼森は防犯カメラの映像を調べていた。最上の実家から仙台市街を中心に確認したところ、伯父が男と雑居ビルに入る姿を見つけたという。
「裏カジノ?」
「はい、闇サイトに書きこみがありました。たぶん間違いありません」
「あの人が裏カジノに……」
なるほど、と最上は納得する。バカラで大負けでもしたのだろう。急に金が必要になったのはそのせいか。
「店の摘発は?」
「今夜の予定だそうです。おれは本部を出て、今から主任のご実家に向かいます」
「ああ、頼む。こっちはガサ入れ中だ。まだなにも出てないけど」
「一色の意識は?」
「まだ戻ってない」
一色の部屋からは、証拠となる物品は見つからなかった。スマホも押収したが、メッセージも通話も残っていない。解析は徒労に終わった。証拠となるような文章を、端からやり取りしていないのだ。通信会社に開示請求しているが、決定的な証拠にはならないだろう。
一課に戻ると、デスクに付箋が貼られていた。
言伝の主は宮城県警の本部長――兼森の叔父である。所用で都内にいるが、内密に話したいことがあるという。指定された料亭は車で一時間ほどだ。記載された番号に折り返し掛けてみたが、電源が入っていなかった。会議中かもしれない。内密の話――もしかして、と最上は思う。伯父に関する用件だろうか?
「一、二時間出てくる。何かあれば連絡をくれ」
デスクに残った班員に声をかけ、最上は地下の駐車場にむかった。
◆
首都高速に乗る手前で着信が鳴る。発信者名を目にし、最上はハンドルを切った。兼森である。最寄りのコンビニで車を停めて、スマホを操作する。
「どうした?」
「主任! お父様が行方不明です」
「……なんだって?」
「あっ……、主任、お母様に替わります!」
「辰彦くん、お父さんがそっちに行ってない?」
「義父さんが? いえ……いませんが」
「お昼を食べた後、ちょっと出掛けてくるって言ってね。もうすぐお夕飯の時間なのに、まだ戻って来ないのよ」
「スマホは?」
「出ないの。お父さん、この一週間様子がおかしかったから……ねえ、本当なの? お父さんが裏カジノに出入りしてたって……」
「可能性が高いというだけです。ビルの他の店かもしれませんし……ただ義父さんの言動を考えれば、賭博で負けたと考えるのが自然でしょう。堅気でないような男がやって来たんですよね? もしまた来たら、兼森に対応させてください」
「……ええ、そうね」
「義母さんもあまり心配しないで。じゃあ兼森に替わってもらえますか?」
「ええ……あの」
「なんです?」
「あのね、辰彦くん……」
スマホの向こうで言いよどむ姿が目に浮かぶ。
最上は待った。十秒、二十秒、三十秒……。小さな咳払いが聞こえる。
「なんだか…………嫌な予感がするの。あの頃と似ている感じがするの」
「あの頃?」
「……あなたのご両親が亡くなった頃よ。辰彦くん、あのね……気をつけてね」
「……大丈夫ですよ。義父さんがいなくなって不安だから、そんなことを考えるんです。あまり思いつめないでください」
兼森に替わり、いくつか指示を残して通話を切ろうとして――瞬間、違和感が頭をよぎる。
「そういえば、兼森。本部で叔父さんとは会ったかい?」
「いや、全然っす! フロアも違いますし」
「叔父さんは今、都内にいるのか?」
「えっ、そうなんすか? 特に聞いてないですが。確認しますか?」
「ああ……いや、構わないよ。指示を優先してくれ」
通話を切り、黒い画面をながめる。
再びスマホを耳にあてた。
「恐れ入ります。警視庁捜査第一課の兼森と申します。叔父さん……いえ。本部長はご在席ですか?」
「ああ、一課の兼森さんですか? すみません、本部長は今会議に出てまして。なにか伝えましょうか?」
「いえ、結構です。また掛け直します」
手元の黄色い付箋をながめる。書かれている番号は、本部長のスマホのものだ。以前もらった名刺と確かめてみたので間違いない。最上を呼び出したのは本部長本人である。
――だが。
本部長は宮城県警の会議室にいる。
伯父は姿を消した。
それなら――本部長の名を騙り、料亭で待っているのは誰だ?
窓を開ける。生温い外気が車内の冷風と混ざる。
夏の日暮れは遅い。この時間になってようやく陽が傾きかけている。
最上は薄く笑い、煙草に火を点けた。




