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6-1 心中したいんでしょう?

 昨日――あれから一色とメグミは救急車で運ばれて、史狼と宮川、それに看護師の女も病院に付き添った。女は警察官とともに娘の病室に留まった。史狼は警視庁に向かい、事情聴取を受けた。ひととおり話を終え、ロビーに戻るとすでに陽が沈みかけていた。


「ごめんね、主任、外に出てるみたいなの。なにか言伝ようか?」

「大丈夫です、忙しいだろうし。宮川さんも無理しないでください」

「へへ、大丈夫! 二徹までならいけるから」


 宮川は拳を手にあてて笑ってみせた。顔も手も擦り傷だらけで、あちこちに絆創膏が貼られている。かっこいいな。ふとそう思い、史狼は夕陽がまぶしい振りをした。

 耳が痒くて指をふれ、あ、と気づく。イヤホンを入れっぱなしだった。外そうか。もう必要もないだろう……指先でつかもうとして、史狼は動きを止めた。



『…………心中したいんでしょう? 僕と』



 口を開こうとする宮川に、しっと指を立てた。インカムに意識を集中する。真剣な史狼の様子に、宮川が気圧されるように黙りこむ。

『本気ですよ』

 インカム用のスマホを取りだす。最上の現在地は――刻々と移動している。車だろうか。埠頭にむかっていた。


「宮川さん、最上は誰といるんですか?」

「えっ? 宮城県警の本部長が……兼森さんの叔父さんが至急の用事があるそうで」

「埠頭にですか?」

「ううん、料亭って聞いたけど」

「…………おい! 待て‼」

「大上くん?!」

「おい! 最上‼ 止めろっ……‼」

「どうしたの、大上くん?!」

「ふざけんなっ…………‼」


 ロビーの警察官たちが一斉に振りむいた。

 宮川が目の前で、鋭く彼を見つめていた。



 兼森から報告が届いたのは夕方だった。


 昼過ぎに仙台に着き、兼森は防犯カメラの映像を調べていた。最上の実家から仙台市街を中心に確認したところ、伯父が男と雑居ビルに入る姿を見つけたという。


「裏カジノ?」

「はい、闇サイトに書きこみがありました。たぶん間違いありません」

「あの人が裏カジノに……」


 なるほど、と最上は納得する。バカラで大負けでもしたのだろう。急に金が必要になったのはそのせいか。


「店の摘発は?」

「今夜の予定だそうです。おれは本部を出て、今から主任のご実家に向かいます」

「ああ、頼む。こっちはガサ入れ中だ。まだなにも出てないけど」

「一色の意識は?」

「まだ戻ってない」


 一色の部屋からは、証拠となる物品は見つからなかった。スマホも押収したが、メッセージも通話も残っていない。解析は徒労に終わった。証拠となるような文章を、端からやり取りしていないのだ。通信会社に開示請求しているが、決定的な証拠にはならないだろう。




 一課に戻ると、デスクに付箋が貼られていた。


 言伝の主は宮城県警の本部長――兼森の叔父である。所用で都内にいるが、内密に話したいことがあるという。指定された料亭は車で一時間ほどだ。記載された番号に折り返し掛けてみたが、電源が入っていなかった。会議中かもしれない。内密の話――もしかして、と最上は思う。伯父に関する用件だろうか?


「一、二時間出てくる。何かあれば連絡をくれ」

 デスクに残った班員に声をかけ、最上は地下の駐車場にむかった。



 首都高速に乗る手前で着信が鳴る。発信者名を目にし、最上はハンドルを切った。兼森である。最寄りのコンビニで車を停めて、スマホを操作する。


「どうした?」

「主任! お父様が行方不明です」

「……なんだって?」

「あっ……、主任、お母様に替わります!」

「辰彦くん、お父さんがそっちに行ってない?」

義父とうさんが? いえ……いませんが」

「お昼を食べた後、ちょっと出掛けてくるって言ってね。もうすぐお夕飯の時間なのに、まだ戻って来ないのよ」

「スマホは?」

「出ないの。お父さん、この一週間様子がおかしかったから……ねえ、本当なの? お父さんが裏カジノに出入りしてたって……」

「可能性が高いというだけです。ビルの他の店かもしれませんし……ただ義父さんの言動を考えれば、賭博で負けたと考えるのが自然でしょう。堅気でないような男がやって来たんですよね? もしまた来たら、兼森に対応させてください」

「……ええ、そうね」

義母かあさんもあまり心配しないで。じゃあ兼森に替わってもらえますか?」

「ええ……あの」

「なんです?」

「あのね、辰彦くん……」


 スマホの向こうで言いよどむ姿が目に浮かぶ。

 最上は待った。十秒、二十秒、三十秒……。小さな咳払いが聞こえる。


「なんだか…………嫌な予感がするの。あの頃と似ている感じがするの」

「あの頃?」

「……あなたのご両親が亡くなった頃よ。辰彦くん、あのね……気をつけてね」

「……大丈夫ですよ。義父さんがいなくなって不安だから、そんなことを考えるんです。あまり思いつめないでください」


 兼森に替わり、いくつか指示を残して通話を切ろうとして――瞬間、違和感が頭をよぎる。


「そういえば、兼森。本部で叔父さんとは会ったかい?」

「いや、全然っす! フロアも違いますし」

「叔父さんは今、都内にいるのか?」

「えっ、そうなんすか? 特に聞いてないですが。確認しますか?」

「ああ……いや、構わないよ。指示を優先してくれ」


 通話を切り、黒い画面をながめる。

 再びスマホを耳にあてた。


「恐れ入ります。警視庁捜査第一課の兼森と申します。叔父さん……いえ。本部長はご在席ですか?」

「ああ、一課の兼森さんですか? すみません、本部長は今会議に出てまして。なにか伝えましょうか?」

「いえ、結構です。また掛け直します」


 手元の黄色い付箋をながめる。書かれている番号は、本部長のスマホのものだ。以前もらった名刺と確かめてみたので間違いない。最上を呼び出したのは本部長本人である。


 ――だが。


 本部長は宮城県警の会議室にいる。

 伯父は姿を消した。

 それなら――本部長の名を騙り、料亭で待っているのは誰だ?

 窓を開ける。生温い外気が車内の冷風と混ざる。

 夏の日暮れは遅い。この時間になってようやく陽が傾きかけている。

 最上は薄く笑い、煙草に火を点けた。

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