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サイコとおおかみ -エリート刑事は殺人鬼?-  作者: 左京ゆり
第三章 暴走車 × 暴走者
23/50

3-7 きみはばかだな

 映画館のロビーは、窓から日比谷公園が一望できる。こんもりとした木々と、その奥のビル群とを眺めていると、ぽん、と肩をたたかれた。


 にっと笑ってバラルが立っている。


「ごめんね、待たせた?」

「いや全然。悪いな、バイト前なのに」

「ううん、こっちこそ! いいの? おごりなんて」

「最上さんに貰ったんだ。知り合いに貰ったけど、行く予定がないからって」

「そっかあ。誘ってくれてありがと! 映画館なんて久しぶりだなあ」


 嘘だった。チケットは自腹で買ったものだ。ネットで【泣ける映画・上映中】と検索して、ヒットしたものから選んでみた。館内サイネージに、タイミングよく映画のワンシーンが映されている。


「ああ……この映画、ぼく絶対泣くやつだ」

 ひょいと眉を下げ、バラルはサイネージを見上げている。

 バラルが情に厚いのは、一ヶ月前の事件でよく分かっていた。あれ以来、バラルとは仕事で会う以外にも、たまに食事に行ったり、他愛ないメッセージをやり取りしたりしている。時間とともに笑顔が戻り、史狼は安堵した。しかし今日はバラルを励ますための誘いではない。後ろめたさを心に隠し、スクリーンに向かった。



 上映が終わり、館内が明るくなる。



 客席のあちこちから、泣き声や鼻水をすする音が聞こえてくる。史狼はそっとバラルを盗み見た。上映中、ずっと肘をふれ合わせていたのだが。


「……どうだ? 泣けた?」

「いやあ……」

 バラルはきょとんとした様子で、こっちを見ている。

「なんか……思ったより平気だった。いい話だったよ! いい話だったんだけど……うわあああ泣く泣くやばいっ‼ って思う度に、なんかだんだん冷静になるっていうか……落ち着いてくるっていうか…………んんっ?! てか兄貴、めっちゃ目充血してるじゃん! 大丈夫?!」

「あーーーうん。けっこうきた」

「兄貴はクールだと思ってたけど、意外に涙もろいんだねえ」

「うん……今日だけな」


 ぼそぼそと呟いて、史狼は苦笑いした。この感動が全部バラルのものだったと思うと、申し訳ない気持ちになる。


「ぼく、感動系に強くなったんだなあ」

「や、それは間違い……いや、あのな、バラル。今度また行こう。次はおまえの観たいやつおごるから」

「行く行く! でも次はぼくがおごるよ!」

「いや、俺がおごる」

「いいってば」


 二人で言い合いながら、スクリーンを後にした。



「……他人の感情を吸収する?」

「はい」


 カップを洗う手を止めて、最上は居間に顔をむけた。史狼はスプーンを置いて、麦茶を飲んだ。もうシャワーも済ませて、この朝食の親子丼を食べたら寝るだけだ。最上はこれから出勤する。スーツの上着がソファの背にかけられていた。


「どういうことだ?」

「宮川さんの言葉が気になってたんです。俺を前にして、だんだん気持ちが落ち着いて、話してもいい気になったって……俺、あのとき宮川さんの手をずっと掴んでたんです。数分間、ずっと。それで思い出したんです。キャバクラのナナさんの時も、ずっと腕を掴んでて。そしたらナナさんが話を始めてくれたんです」

「それは僕も気になってた。史狼くんがナナさんと会うより前に、組対の刑事たちも事情聴取はしてるはずなんだ。でもナナさんは何も言わなかった」

 カップを洗い終え、最上は居間の入口に立った。

「きみはよっぽど、聞き込みの才能でもあるのかと思ったけど……なるほどね」


 壁にもたれて両腕を組み、「確かなのか?」と最上が聞いてくる。


「はい、昨日バラルと映画館に行って確認しました。これまでにも何人か試してたんです。歯医者から泣きながら帰る男の子とか、スーパーで喚いてる女の子とか」

「……ちなみにだけど、その見た目で?」

「あ、なんか母親から怖がられたんで、髪はピンで留めました」

「よかった。きみのほうが不審者になるところだ」

「いや、それは…………まあとにかくですね。みんな数分で落ち着いて、感情の起伏がなくなったんです」

「きみは?」

「映画に感動して号泣したり、先生が怖くて泣きたくなったり、お菓子が欲しくて癇癪を起こしかけたりしました」

「大変だな」

「大変なんですよ」

「これまでは? そういうことは無かったのか?」

「これまでは……そんな数分も、他人に触れることがなかったんで。なるべく関わらないようにしてましたから」

「……なるほどね」


 居間に足を踏み入れて、最上がソファに近づいてくる。


「なんで話した?」

「え? なんで……って」

「なんでわざわざ、僕に話したんだ?」

「それは……捜査に協力するって話だったから、一応伝えておこうかと」

「……きみはばかだな」

 顔をのぞきこまれ、薄茶の目と視線が合った。

「ばかって、あんた……」

「僕に気を許してるのか? 懐柔は成功したのかな?」


 最上の指先がぐっと伸びてくる。

 史狼はとっさに首をかばった。

 その姿勢のまま、ぽかんと顔を上げた。

 最上の指先が、わしわしと史狼の髪を掻きまわしている。


「なっ……なにしてるんだ?!」

「いやあ、ばかだなあって思ってね」

「あんた、人のことばかばかって……」

「そんなこと打ち明けられたら、利用したくなるだろう?」

「……は? 利用?」

 前髪を後頭部に撫でつけられ、額をむきだしにされた。

「きみがうらやましいよ、史狼くん。やっぱりその能力は……寝かせておくには勿体ないね?」


 眉尻を下げ、最上は苦い笑みをみせた。

 とん、と指先で額をはじかれる。


「利用させてもらうよ、史狼くん」

☆★メリークリスマス★☆

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