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第9話 キッカケ

 戦いを終えた後、2人は香里奈を無事に自宅へと送り届けた。

 彼女は実家に住んでいるらしく、彼女の両親の暮らす一戸建ての家から通勤している。故に、彼女の家の玄関はマンションやアパートとは違い、綺麗で豪華だった。


「それじゃあ、また何かあれば言ってくださいねオーナー。飛んでくるので」


 家の前で、麻火恵は扉を背にする香里奈に向けて伝える。

 香里奈はそれを苦笑いしながら受け取る。


「ああ。だが、こんなことはもう2度とごめんだからな。2人をなるべく呼ばなくていいよう、今後はもっと夜を警戒するつもりだ」


「それが1番なんですけどね。危険は回避、です」


「そうだな。それじゃあ、今夜はありがとう、助かった。君達は命の恩人だ。私が言うのもあれだが、夜道には気をつけて帰ろよ」


 香里奈は最後にそう告げると家の扉を開けて中に入り、閉めようとした。

 少しずつ閉じることで分断されていく2人の空間。だが、閉じていく扉の隙間に麻火恵が手を割り込ませ、ガッとその分断を阻んだ。


「あ、ちょこっとすみません、言い忘れました最後にこれだけ。今日、アレに遭遇したことは他言無用で」


 麻火恵は申し訳なさそうに苦笑いしながら、空いている片手の平を縦にして軽い謝罪のジェスチャーを取る。


「な、なんでだ?」


「これが広まると、世間が混乱するっていうか、あんまり難しいことは分かんないんですけど、とにかく面倒なことになるっぽいので、お願いできますか?」


 詳しくは聞いていない上に、よく言葉で表現するのが彼女にとって難しかったのが相まって、テキトーに、それにざっくりとしか言えなかった。

 香里奈はそれに対して「ああ」と理解し頷く。


「構わないよ。世間様は大事だしな。パニックは経済的にも回避したいことだし。その代わり、私みたいに襲われてる人がいたら、助けてやってくれ。お前も、()()()()()()()()()只見も、その為に夜間動いてんだろう?」


「あ、彼は……うん、はい! そうですね!」


 元気よく返事をした瞬間、背後から冷たく恐ろしい視線が当てられたが、麻火恵は気にしないフリをした。それでも隠しきれない冷や汗をうっすらとかく麻火恵に香里奈を不思議そうに見る。


「それじゃあ、今夜はこれで失礼しまーす、おやすみなさーい、いい夢をー」


 麻火恵は流れるように、そして棒読み気味に別れを告げると、抑えていた手を離し、半開きの扉を閉じた。

 閉じたのと同時に、後ろで能力の反動で未だにダウン中の春乃に目を向ける。そこには、先ほどまで感じられていた冷たい視線などなかった。


「それで? なんで私はアナタの護衛までさせられたの?」


 あったのは、ぐったりとダウンしてしまい3段ほどの階段の手すりに腕を置き顔を伏せる春乃の姿があった。

 彼は痛みの余韻に蝕まれる頭を無理矢理上げ、麻火恵を見る。


「いいだろ別に。元々、俺の護衛だったんだから」


 曲げていた体を唸りながら起こし、手すりで自立を支えながら向き直る。

 春乃は能力を行使した反動で、強い頭痛、めまい、吐き気に襲われていた。立って歩くのでもやっとだった彼では、香里奈の護衛もままならなかったので、同様にここまで麻火恵に守られながらついて来ていた。

 そんな春乃に麻火恵は呟くように言う。


「反動がある能力って、結構大変そうだね。能力としては強いんだけど」


「逆にノーリスクで使えるお前がよく分からない。こっちは久しぶりに使ったのも相まって、反動が大きくなったし。使い続けて慣れればあと数回はできたかもしれないけど、無理すると脳壊れるし。ホント、不便だよ」


「確か、"()()()()"だっけ? アナタの能力」


「……ああ。原理説明は難しいけど、坂城先生曰く、俺の脳はウイルスの影響で無限に続く空間そのものに接続できるようなったらしい。その結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 春乃は、ポケットの中に落としていたカッターナイフを取り出し、眺める。


「それが、こんなので人の頭蓋骨に刃を通せた理由だ。周りからはカッターを奴の頭に思いきり突き刺しただけに見えるけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。空間には硬さなんてものは存在せず、それ故に抵抗力はゼロ。だからできたんだ、あんなこと」


「十分チート、それ」


 確かに麻火恵の通りだ。

 空間への干渉。それははっきりいって強力だ。その原理でいくのなら、彼はどんな硬い物質でも刃物があれば容易に切ることができる。場合によっては、実体が存在しないもの対しても干渉が可能だ。

 だが、春乃は首を横に張りそれを否定する。


「聞くだけならね。でも実際はそんなのじゃない。さっき言ったように、この能力は使用時の反動が大きすぎる。"個"というちっぽけな存在が、巨大な"全"を掌握し、適応できるわけがない。つまり、()()()()()()()()()()()ということだ。もし限界を超えて酷使したら、俺の脳は反動に耐えきれずに焼き切れて、はっきり言って死ぬ。たとえ強力でも、死んだら意味がない」


 なんでもかんでも都合よくはいかない。この能力はそれを表している、春乃にはそう思えた。

 デメリットを聞いた麻火恵は納得し、気がつく。


「それもそっか。今気がついたけど、レンジも小さいしね。話聞く感じ、干渉できるのはアナタの手の届く範囲だけっぽいし、万能そうに聞こえるけど結構不便っぽい」


「そうだろ? つまり、お前が求めてた俺っていうのは、欠陥能力持ちの使えない奴だってことだ」


 春乃は自身を過小評価して嘲笑う。そうすることで迷う自分にとどめを刺そうとしたのかもしれないが、そんな春乃の言葉を麻火恵は受け止めた。

 だが、彼女は曲がることを知らなかった。


「それでも、やっぱり私はアナタが欲しいかな」


 麻火恵の言葉に、春乃は眉を震わせる。


「……しつこいな。それに意味不明。こんな俺のどこにそんな要素がある?」


「だって言ってたじゃんさっき。“……俺は、お前みたいな勇敢な奴じゃなくて、臆病で卑怯で他人任せなクソ野郎だけど、ハッキリ言わせてもらう。お前、もっと自分のこと大事にしろよ!“ って。忘れた? それに従ってるだけだよ」


 麻火恵は先程の春乃の声と動きを真似する。その一連の動きがほとんど同じだったことに、春乃は唖然とした。


「……なんで一言一句覚えてんだよ」


 また頭痛がしてきたので片手で頭を抑える。


「心に染みたからだぜっ!」


 グッと親指を上げジェスチャーする彼女に、春乃はイラっとした。我ながら恥ずかしい言葉を勢い任せに言ってしまったものだ、と反省する。


「っていうのは結構冗談じゃなくて、アレを言われて私、もっとアナタが欲しくなっちゃったから」


「なんでだよ」


「なんでって、そりゃー自分のことも考えたからね。アナタに手伝いをお願いしたのは、自分だけじゃどうしようもできない問題に直面してたから。下手すれば私は……なんてことがあるかもしれないから、まあこう言ったら悪いし不謹慎だけど、はっきり言って保険。もっと自分のことを大事にしろ、言われた通りでしょ?」


「いや、それとこれとはまた意味合いが違……わなくもないかもしれないけど、本当にいるか? 俺」


「いらなかったら頼まないよ。ね? だ・か・ら、少しは考えてくれる?」


 麻火恵は柔らかくも優しい笑顔で問い掛ける。企みが少し混じったイタズラの顔だ。

 いつもの春乃ならその笑顔の意味を察し、嫌だという一言ではねるところだが、今回は違った。


「……まあ、そういうことなら、少し考えとく」


「……え? 今、なんて?」


 彼女から腑抜けた声が上がる。そして聞き間違いかと思ったのか、再度聞き直す。


「ん? いやだから、考えとくって」


 しかし、聞き間違いではなかった。


「な、何で?」


「何でって。逆に何で?」


「今朝まで頑なに首を縦に振らなかったアナタが、何でそんなあっさりと」


 どうやら、春乃のこの答えは予想していなかったらしい。どうせまた同じ答えなのだろうと決めつけていた彼女にとっては衝撃だった。

 故に疑問なのだ。何故そのような答えを出したのか。キッカケは一体何なのか。


 春乃は聞かれた質問について顎に手を当てて考えだす。


「……いや何。ああーでも、遠回しに言っても面倒だな……じゃあ、ハッキリ言う」


 そして回答をまとめ、答えた。


「原因はほっとんどお前」


「私?」


 麻火恵は自身に指を刺し、首をかしげる。


「そう、お前だよお前。いくつかあるけど、そのほとんどを占めてるのはお前だ」


「え〜と、どの辺が?」


「言うかよ。恥ずかしいし、面倒だし、気になるなら察してくれ。答え合わせはしないけどな。ただ、決定打はさっきさ。他人事だと思っていたことが自分に起こって、それだけじゃなく短な知人にも降り掛かって。また何か失うんじゃないかと考えたら、もう……立ち止まってる場合じゃないって思った」


 彼だからこそ、そう思ったのだろう。

 もし知人に命の危機があったら、もし失って消えてしまったら。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分が苦しんでしまうかもしれないと考えると、何もしないわけにはいかなかった。


(ホント、ここまできても自分のことしか考えれないんだな、俺って)


「それに……使えるか分からない俺なんかでお前が無理しなくなるなら、アリかなって」


 段々と気まずそうに思えて、恥ずかしくなってきた春乃は、声のボリュームを少しずつ下げていく。


「そーなんだぁ……えへへ」


 麻火恵はニヤつく。


「なんだそのニヤつき」


「いやぁー、心配されてて嬉しいなーって。正直さっきアナタが私に説教じみたこと言ってた時も、こんな私を心配してくれることが嬉しくて嬉しくて、頬の我慢で精一杯でしたー」


「お前、俺が決死の覚悟で言ったセリフの時そんなことを……」


 春乃は自分の頑張りを恥ずかしく思い、また額に手を当て顔を隠した。




「それで、この後どうするの?」


「どうするって?」


 春乃は質問の意味が分からず、首を傾げる。


「家、帰るでしょ? そこまで私が護衛してってもいいし、タクシーか何かで帰るなら私このままやりに行くし、どっちでもいいよ」


「ああーそういう」


 春乃は顎に手を当て考える。


(護衛してもらったほうがタクシーより安全かもしれない。が、俺にばかり付き合わせてると、オーナーみたいに襲われている人達を実質見捨ててしまうことになる。それにタクシーの方が移動早いし、それはそれで俺の遭遇率も下がる。なら……)


「じゃあ、俺はタクシー捕まえて帰ることにするよ。お前は俺に気にせず初めててくれ」


「そう? じゃあここでお別れってことで。気をつけて帰ってまた明日会おっ、せーんぱい!」


 麻火恵は言い終わるのと同時に真っ黒な夜の空へと飛び上がった。

 そして上空で体を回転させ、香里奈の家の屋根に飛び乗り、そこから屋根から屋根へと移動し、闇へと消えていった。


「……お前もな」


 消えゆく彼女を眺めながら、春乃はそうポツリと呟いた。



☆☆☆



 闇の中、男は1人佇んでいた。

 年齢は20代後半といったところだろうか。体の殆どを衣服で覆い、顔以外はその()()()を露出させまいとしている。

 だがその白い筈の口周りには赤い血がべとりと塗られおり、それは男が食後なのだということを暗示していた。その証拠に、足元にはボールサイズの肉片がバラバラと散らばっている。

 どれがどの部位だったか、どんなか形状だったか、どんな性別だったのか。どれだけじっくりと眺めようが分からないだろう。


「……」


 そんな中、彼だけの空間に足音が響く。それはテンポの決まった真っ直ぐな音ではなく、バラバラな曲がりくねったかのような音だ。

 男はその足音が一体何なのかを理解しているかのように、警戒すらせずその音のする方へと顔を向ける。

 そして、暗闇の先から歩み寄って来る白い屍達を見て眉間に皺を寄せる。


「戻ってきたのはこれだけか……数が減ったな」


 呟きながら、その場で佇む屍達を見据える。


「日に日に減り続けているようだ。警察などではここまでは減らせはしないだろう。誰か、動いているな。まさか、()()()()()()か?」


 男は歩きだし、群れの内の1体の前に立つ。

 その屍の腕は1本欠けていた。肉の断面はかなり綺麗であり、まるで刃物の一太刀で斬られたかのようだった。

 男はその断面を手でなぞり、それにより手に付着した血を眺め、舐めた。


「金属……いや、俺の知らない物質。鋼に似た何か。そうか、間違いない。ならば……」


 口周りに付いた血をしたで舐め取る。

 そして、


「……俺も、動こうか」


 呟き、決めた。

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