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第3話 死と赤

 「襲人」


 それは、襲人病ウイルスを発病した者の呼称。

 奴らは一言で例えるなら映画に出てくる「ゾンビ」だ。動き方もほぼ同じと言っていいだろう。感染原因も一緒で、噛み付かれた際に体内にウイルスが入り込むというものだ。

 奴らの体は常にエネルギー不足、その中でも主にタンパク質が不足であり、消費が激しい反面、自身での生成能力は無い。故に、外部からタンパク質等を体内に取り込むことで奴らはこの不足を補おうする。そう、燃料が無ければ活動不能になる。これもゾンビと同じだ。

 だが、彼らの白い肌は日光に弱い。皮膚自体が死にかけなので、少しでも太陽の下に身を出したら泥のように溶け出し、消滅する。

 こうして見ると色々と欠陥があるが、恐ろしいのがこれだけの欠陥がありながら、2日で何万人もの人が感染し、その大多数の人が亡くなっていることだ。



☆☆☆



「嘘、だろ……」


 春乃は信じられなかった。いや、信じようとしなかった。

 それもそうだろう。目の前にいるのは存在してはいけないもの。そして彼のトラウマだ。信じられるわけがない。認められるわけがない。

 だが、現実は変えられない。

 何故なら、目の前には本当にあの白い屍「襲人」がいるのだから。


「ァァ、アァァァ」


 まるで寝ぼけているかのような覇気のない声が微かに聞こえる。

 奴の視線は、その場で固まっている春乃へと向けられている。向けられる白い顔は向きを変えず、襲人はふらつきながら春乃の元へゆっくりと歩き出した。

 どうやら、標的が定まったようだ。


「あ、あぁ……」


 春乃から漏れる声は恐怖のあまり言葉にならない。故に、助けを呼ぶことすらできない。

 加えて彼の脚はガクガクと震えだす。腰が抜けないだけまだマシだが、動く事ができない以上なんの意味も無い。


 春乃と襲人との距離が5メートル、4メートル、3メートルと縮まっていく。瞬きをする毎に奴はどんどん接近し、近づいてくる影響か、奴の虚な目が、細く白い体が、どんどん大きく見えてくる。

 そして、2メートルを切った時、奴は一気に脚を早めた。


「ッ⁈」


 いきなりのことに驚いた春乃は、反射的に脚を引いたが、もう遅かった。襲人は、春乃の頭と腕をその白い手でガッチリと押さえ込み、押し倒す。奴の冷たい体温が、春乃の神経を伝って脳に伝達される。


「ァァァ」


 叫ぶ間も無く、()()()()()()()()()()()()()()


「ウガッ、アアアア!!!」


 グチャッと。肉の潰れるような音が聞こえた。

 そして噛み付いたまま、思いっきりその肉を引き剥がした。


「アアアアアアアア!!!」


 喉から悲鳴が搾り出される。

 目が飛び出てしまうほど見開かれる。

 痛みと恐怖が彼の脳内を支配する。


 奴はその剥ぎ取った春乃の肉を汚い音で咀嚼し、飲み込む。その白い口周りは春乃の血で赤く染め上げられた。


 春乃の体は、痛みのあまり痙攣を始め出す。同時に彼は逃げ出そうと体を暴れさせた。しかし、腕や足にいくら力を入れても襲人は体から剥がれない。


「グ、アア!」


 だが、振り解かなくては死ぬ。死んでしまう。嫌だ、それだけは嫌だ!

 春乃は残る思考で思いながら、必死に抗う。


 しかし、現実は覆らない。

 何せ目の前にいるのは死の世界の住人だ。生者の気持ち程度ではどうにもならない!


 襲人は血塗れの口で春乃の肩の肉を噛みちぎり、咀嚼し、飲み込み続け、減らしていく。流れ出る血は地面に血溜まりを作っていく。肩に見える肉はもうボロボロで、剥き出しの骨には肉の残りカスがこべり付いている。


「もうやめろぉ、やめろぉって! グ、ガァァァ!!」


 春乃はもう気が狂いそうだった。

 それもそうだろう。痛みはただ増すばかりだ。加えて肩の肉が大きく削がれたので、逆に肩の感覚がもう無い。

 このままでは肩だけに止まらず、そのまま腕を喰われ、脚を喰われ、体を喰われ、やがて頭も喰われる。只見 春乃は、その体を醜い姿へと変え、その生涯を終えてしまうだろう。


 だがそれは、このまま彼1人だけだったらの話だ。


 その時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 春乃からは見えないが、どうやら襲人の後ろに誰かがいるらしい。

 手はがっしりと後頭部を掴むが、掴まれている襲人はそんなことを気に留めることなく口を動かす。なので奴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「噛まれてる人、目瞑って。もしかしたら目に血入っちゃうよ」


 次の瞬間、その言葉と共に手は襲人の後頭部を骨ごと握り潰した。


 そのまま手は拳を作り、剥き出しの潰れた脳に向かってその拳を真っ直ぐ突き出す。襲人の白い顔面は後頭部から叩きつけられた拳によってグチャグチャに破れた。

 春乃は咄嗟に目を瞑り、その際に噴射した血液から瞳を守った。


「……」


 恐る恐る瞼を上げる。

 春乃の顔は、吹き出た襲人の血で真っ赤に染められている為、解放された手で目の周りに付着している血液を拭き取りながらだ。


 瞼を開けた先にあったのは、血塗れの拳だった。後頭部から顔面に向けて貫通しているので、拳の周りにはグチャグチャで原型の無い顔だったものがある。当然だが、その口はもうピクリとも動いていない。


「噛まれてた人、大丈夫? 一応殴る力は抑えたつもりだけど、うっかり殴られてない?」


 透き通った元気な声が響いた。どうやらこの拳の主、奴を殴った本人らしい。

 春乃は状況が掴めずにいたが、とりあえず「あぁ、はい」と力の抜けた返事をする。


「そっか、ならよかった。すぐにこれ溶ける前にどかしておくね」


 元気な声はそう言うと、襲人の体を掴み、道の端に放り投げた。

 投げられた死体は、血を撒き散らしながら転がるとドロドロの黒い液体と化し、消滅した。


「ふうぅぅぅぅ。今日もまた沢山潰したなぁ」


「ッ!」


 春乃は倒れたまま、目の前の開かれた光景に動揺した。正確に言うのなら、星の光る夜空に対してではなく、そこに立つ()()()()()()に対してだ。

 その長い赤髪の女は、血で濡れた手と綺麗なもう片方の手を上に突き出し、疲れを治す為か体を伸ばしている。


(知っている。というか見たことがある……この女、昨日のあの女だ)


「き、君は……」


 春乃はその女を知っていた。それは先日、隔離研究所に行った際に見ていたからだ。


「あ、ちょっと待って」


 彼女は言葉に答えることなく、眉を寄せながら倒れる春乃に顔を寄せた。血塗れの春乃の状態を見るなり、どんどん困ったような表情になっていく。そして一言。


「アナタ……噛まれてるね」



☆☆☆



 夜。


 坂城 明美は、診察室で書類の整理をしながら帰宅準備をしていた。

 今日は彼女にとって久しぶりの早上がりだ。今夜の酒のつまみは何にしようか、どうせなら少し贅沢でもしてみようか。そんなことを考えながら、彼女は動いていた。


「……ん?」


 彼女のスマホが震えだす。


「えーと誰々? ん? 麻火恵(まひえ)?」


 スマホに映し出されていたのは、見覚えのありすぎる名前であった。

 明美はその名前を少し鬱陶しく思ったが、出ないのもアレなので仕方なく画面を耳に当てた。


「もしもし?」


『明美さーん? 今まだ研究所にいるー?』


 聞こえるのは元気すぎる少女の声。その息遣いから、どうやら急ぎの要件だと推測できる。


「いるけど、何? これから帰るところなんだけど」


『あーなら丁度よかった。実は今日も襲人探し行ってたんだけど、その時に感染しちゃった人がいてさー』


「えぇ嘘でしょ?」


『そうそう。珍しくまだ生きてるから、今そっちに運んでるところ』


「ああ、そう……」


 明美は聞いた瞬間、まだ帰ることができないことを悟る。見過ごせないと思う反面めんどくさいと思ったが、その心を押し殺す。


「ん? ちょっと待って、運ぶってどういうこと?」


 明美は麻火恵の言葉に違和感を覚えた。


『言葉の通り。しんにょうに』


「部首の話じゃなくて、救護スタッフに連絡じゃないの、そこ⁈ 119じゃなくて研究所(うち)の方に。それだと、感染者への負担とか、市民見られるとか、色々と問題が!」


 襲人病の感染など、一般の病院、救急隊には対処はできない。なので、この研究所は感染者が出た場合の専門の救護スタッフがいる。

 だが麻火恵は、どうやらそれをせず手で抱えて感染者を連れてきているようだ。


『いいじゃん最近人なんてこんな時間に出歩かないんだしさ。それに感染した本人、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、急がなきゃなって』


「そんなの余計にスタッフに電話しなくちゃダメでしょ! なんでよりによって私に」


『信頼してるからね』


「とにかく、今すぐそこで電話して! 救護スタッフすぐに向かわせるから」


 明美はスマホを耳と肩で挟みながら、テーブルに置かれた固定電話へ手を伸ばす。


『あー明美さんもうそれじゃ遅い。だって』


 その瞬間、診察室の扉が勢いよく開いた。廊下にはもう出歩く研究者が少なくなっているが、その開かれた扉の先には、見覚えしかない青年を抱えながらスマホで電話する長い赤髪の少女式日原 麻火恵(しきひはら まひえ)の姿があった。


「もう着いちゃったから」

う〜ん、黒くないんだよな〜

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