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第1話 睡眠不足と赤い髪

———これは、魔術や超能力が実在する世界で紡がれる、愛と勇気と希望の物語だ———

「う〜ん。只見君さ、もうちょっと睡眠時間増やせない?」


 診察室で、まず最初に只見 春乃(ただみ はるの)が言われたセリフがそれだった。それを言ったのは、10年間春乃を診ている先生で、タバコやビールと深い絆で結ばれており、顔は美形だけど少し残念な坂城 明美(さかき あけみ)だ。


「睡眠時間を、ですか?」


只見 春乃(ただみ はるの)。検査結果見る限り体に異常は見られない。しかし、睡眠不足で体調崩し気味って出てるんですけど。君さぁ、今の睡眠時間どのくらい?」


 長い足を組み替えながら、少々呆れ気味に彼女は聞いた。

 春乃は、答えるために自身の私生活を振り返ってみた。


「3? 2? 2、3時間ですかね? でも今朝は1時間でしたね」


「はぁ。ショートにも程がある」


 呆れ気味の明美は、机の上に置かれたファイルの中にある資料を取り出した。パラパラとその資料をめくり、その中にある1枚に目を止める。


「君さぁ。前回の結果と何も変わってないじゃん。眠り促す薬渡したよね?」


「飲んでますよ、毎日。けど、やっぱ眠れないっていうか……」


「ま、君の体質だと仕方ないか。それに、トラウマってものは中々切り離せない呪いみたいなものだからね。寝たらいつも出てくるんだろう?」


「まあ、はい。そうですね」


 少し目線を逸らしながら言った。あの話は、あまりしてほしくはない。

 彼女もそれを察したのか、それ以上話そうとはしなかった。


「じゃあ一応薬は出しとくから。次の通院は……2週間後だね。それじゃあ受付前で待ってて」


 春乃は「ありがとうございました」と礼を言い、診察室を出て言われた通り受付前へと向かった。


 診察室と受付までは横幅人4人が入るほどの廊下で繋げられている。その道中には幾つかの扉、階段、エレベーターがあり、何人もの医者と研究者達が忙しなく行き来している。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()なので、混雑しないのが救いだ。

 歩く人達の邪魔にならないよう避けて、受付前へと向かっていく。

 ここの混雑も10年前、春乃がまだ10歳だった頃と比べればだいぶ落ち着いた方だが、まだ忙しいことに変わりはない。


 そんなことを思いながら歩いていると、丁度目の前に差し掛かっていたエレベーターの扉が開いた。

 同時に、幼さが混じった少年の声が1階中に響き渡った。


「嫌だ! やめてよ! 先生、これとってよ! ねえってば!」


 中から出てきたのは3人の白衣を着た研究者と1人の看護師、それと担架に拘束具で縛られながら運ばれる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「助けて、ねえ助けてよぉ!」


 この叫びは少年のものだ。

 しかし、付き添う研究者と看護師、加えて周りにいる人達や春乃までもがその声に応えようとはしない。珍しいことではあるが、見慣れた光景だ。春乃は、邪魔をしないようその場に立ち止まった。


 ……しかし、あの叫びは。あの助けを乞う叫びだけは、彼には慣れることができない。

 涙まじりの震えた心からの叫び。

 あれは、1()0()()()()()()()()()()彿()()()()()。だから何度聞いたって、心が痛む。恐怖する。自分自身に腹が立つ。


「……」


 目を逸らし、せめて視界だけは保護する。トラウマものだよ、あんなの。

 ただただこのまま去ってほしい。そう思っていた。


 だが、現実は彼の望みの逆ヘと進む。


「嫌だぁ、嫌だああああ!」


 ミチミチ、パキパキと。

 何かが引きちぎれ、軋む音がする。

 まさか、と思った。


 次の瞬間、少年を拘束していた器具が()()()()によって内から破壊された。


「え、嘘?」


 その光景に周りが驚愕する。無論それは春乃も同じだ。

 だが、周りにいた研究者達は驚きはしたものの、すぐ次の行動へと移った。こうなってしまった場合のこともマニュアル化されているが故だ。彼らは、懐にしまっていた単発装填タイプの麻酔銃を取り出した。

 少年は、拘束具を破壊すると受付の先の出口へと向かって駆け出した。

 その足の速さは疾風の如く。目の前にいた医者達を押し退け、子供とは思えない速さで駆け抜けていく。

 研究者達は少年に向けて発砲するが、移動速度が速いため中々当たらない。

 このままでは、少年はこの施設を抜け出してしまう。それだけは絶対に避けなくてはいけない。


 ……混乱の中、出入り口の自動扉が開いた。


 それは、少年がそこに辿り着いたからではない。

 誰かがこの施設内に入ってきたのだ。


 入ってきたのは、赤髪の少女だった。

 見た目的には、高校生くらいだろうか。女性にしては高身長であり、長く赤い髪を腰まで垂らしている。服装は、ジャケットにジーパンという身軽で動きやすそうなものだ。

 彼女はコツ、コツと女性用のブーツで床を踏み鳴らしながら、堂々と施設の中へと歩んでいく。それはまるで目の前から高速で接近してくる白い少年に気がついていないかのように、普通にだ。


 当然、少年にとっては彼女も進行の邪魔であり、障害物だ。故に、先程と同じように跳ね飛ばしていこうと足の速度をさらに速めた。

 もはや彼を止められるものはいない。研究者達の持つ射撃技術と得物で当てるのは不可能に等しいだろう。

 少年は、そのまま施設から抜け出し、一般社会へと逃げ込んでいくだろう。適切な処置もされず、必要な薬すら取り込まずにそのようなことになれば、()()()()()()()()()()()()()。これは確実だ。


 ……だがそれも、彼女がいなければの話だ。


「……え?」


 誰がその声を漏らしただろうか。

 それは少年と少女が接触する瞬間。それこそ瞬きをする程のごく僅かな時間でのことだった。

 なんと、赤髪の少女は高速で接近してくる少年を目で捕らえ、その頭を片手で掴んで地面に押しつけたのだ。

 その状況を周りの人間が理解するのには少々時間が掛かった。頭を抑えられている少年も今自分の身に何が起こったのかを理解が出来ず、放心状態になっていた。

 だが、そんな状況の中、彼女は声を上げる。


「麻酔? 睡眠薬? どっちでもいいけど、今のうちですよー」


 彼女の上げる声を聞いた人々は、無理矢理その状況を理解し、行動を起こした。

 すぐ側にいた研究者は、未だ放心状態から抜け出せない少年に麻酔を打ち込み、眠らせ、再び担架に拘束した。そして、少年を乗せた担架を持ち上げ、施設の裏口へと向かっていった。

 赤髪の少女はというと、それを最後まで見届け、再び歩き出した。



 一方、春乃はというと、まだ廊下の真ん中で立ち尽くしてしまっていた。

 彼でも中々見ることがなかったのだろう。驚愕で脳処理が追いついていなかった。少年まではいかないが、軽い放心状態だ。

 そんな春乃に、先程の赤髪の少女が歩いてきた。


「ねえ、そこちょっとどいてもらっていい?」


 どうやら、彼が進行の邪魔らしい。


「え、あ」


 春乃は言われるのと同時に我に帰った。とは言っても、反射的に喉から声を漏らすことしかできなかったのだが。同時に体を1歩横に引いたので、少女は満足し「ありがとう」と笑顔で礼を言い、春乃とは反対の方向へと歩いていく。

 歩く少女の赤い背中を眺めながら、春乃はポツリと呟いた。


「……帰ろう」



☆☆☆



 今から10年前のことだ。


 この建裏市で謎の新型ウイルス「襲人病ウイルス」が発見された。

 このウイルスは、感染した者の()()()()()()()()()()()()、「襲人病」を発症したら最後、感染者の体は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()「襲人」と化し目の前の生物を襲うという、恐ろしいウイルスだ。

 さらに、襲人病ウイルスにはさらに恐ろしい点があり、それは潜伏期間が人それぞれであるということだ。それはつまり、すぐその場で発症する者もいれば、数週間数ヶ月で発症する者も存在すること。


 結果、「襲人病ウイルス」は建裏市内で急速に感染が拡大し、たった一夜にして建裏市だけの限定的なパンデミック状態に陥った。


 日本政府はすぐに自衛隊を派遣し、発症者を殺害するという苦渋の決断をすることで鎮圧した。

 そして、日本は慈悲深いからという理由でそうしたのか、日本政府はまだ発症していない感染者を隔離、保護、研究、治療をするという名目で建裏市内に4つの「襲人病患者隔離研究所」を建設。これにより事態は収束したかと思われた。


 しかし、10年経った今でも治療薬は完成してはいない。それどころか、目立った進展すらないという状態だ。



 只見 春乃も、この最悪で最低な地獄の2日間の生き残りだ。

 だが父も、母も、妹も目の前で失った彼にはあの日の出来事はトラウマとして今もこべり付いている。


 そして彼は、建裏市内に3人しかいないウイルスの「適合者」の1人として、研究者達から研究される日々を送っている。

久しぶりの投稿なので色々と分からないところはありますが、どうぞよろしくお願いします。

投稿ペースは本日はあと2本、明日からの3日間は連続投稿、それ以降は3日間に1本という感じでやらせてもらいます。

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