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ギロチン というバイクに乗った少年

序章 ギロチンというバイクに乗った少年を追う黒豹


 大事なのは初動だ。


 その初動を突き動かせるナニかは、日々積み上げた反復が生み出す条件反射かも知れないし、遺伝的本能や勘といった得体の知れないモノかも知れない。



 振り切ったと思った少年がバイクから降りた瞬間、音もなくその隣にもう一台の黒い二輪が双んだ。少年の降りた角張った埃だらけの通称GUILLOTINEギロチンとは対照的に、ショールームから出た事もないかのような艶のある滑らかなブラックに跨がった黒いスーツに白い顔の男はすでに銃を抜いていた。


 少年のこめかみに白銀のルガーの銃口をあてる。威嚇も躊躇もない。即座に銃弾が吐き出された。


 パンッ!


 終わりだ。


 ルガーを持った反対側の手でポケットから煙草をまさぐるのも同時だったほど、この仕事はカンタンでくだらなかった。


 女を乗せた子どもの走らせるバイクを追って、子どもを黙らせ女をさらう。


 女も子どもだ。こんなガキどもに出し抜かれ、捕まえられもしねえなんて、まったくうちの子分どもはだらしがねえ。煙草に火をつけ、入り組んだ高架越しの夕空を見上げる情景まで、男は思い浮かべていた。


 大切なのは初動だ。


 撒いたつもりが追いつかれ、銃で撃たれた。


 男の緊張が働いていた仕事の時間は銃を撃った瞬間までだった。撃ち込んだその瞬間、張りつめていたトレーサーの緊張感が一瞬ゆるんだ。


 男の氷河のように冷たいブルーの瞳が少年のそこを見すえたせいか?


 近づいた鉄の冷たさを肌が感じとったからなのか?


 こめかみがくぼむような、指先で押されるような冷たい皮膚感覚に襲われた。


 人間には、見られている部分を感じとれる皮膚感覚がある。


 刹那、鳥肌が立った。


 こいつには威嚇もかける言葉もない。手を上げる仕種なんて意味が無い。


「構え」てから動き出したのでは手遅れだった。常に「構え」た時と同じ緊張と集中力を、「構え」をほどいた自然な常態で「え」ていなければ間に合ってはいなかった。男がトリガーにかけた指に何のためらいもなく力を加えた瞬間、少年のひざがカクンと落ちた。とっさに踏んばった左足の親指に力を集め、ジャッ! と砂を踏みかかとをわずか外へ振ると、前倒しにねじった上半身の反動で右足が蹴上がり男の顔面めがけ放たれていた。


「ヤエッ!!!」


 少女の名前なのか気合いなのか回転しながらそう叫びGUILLOTINEのシートを少年が叩くと、GUILLOTINEはライダーもいないのに少女を乗せたまま急加速で走り去った。初動から助走も無くトップスピードで加速できるこの特殊なバイクは、しばしば搭乗者の首だけ置いてぶっ飛んで行く。それでついたあだ名がGUILLOTINEだ。


 両側から2本ずつの鉄骨でタイヤを挟んだだけのどシンプルな構造は、地上数100メートルから落下しても破壊されそうにない。真っ直ぐただ貼り付けただけの四角い革シートも薄っぺらで固く、搭乗者の乗り心地に興味があるとは思えない代物で、丈夫さとスピードだけがウリの=大型二輪だった。こんなもの鬼でもなければ乗りこなせない。人間の乗物ではなかった。



 ローラーブレイドを履いたまま驚いてしがみつく少女を黒い影のような何かが包み、GUILLOTINEはあっという間に視界から消え去ってしまった。


 巻き上った走塵と砂煙の中、少年のこめかみを狙って撃ち放たれた弾丸は、高架下のコンクリート柱で弾けた。


 上体を倒し銃弾を躱しざま蹴上げた少年の後ろ蹴りを、男はわずか首をそらしただけで躱していた。少年は銃を持った男の腕へ蹴上げた足を引っかけ、バイクから引きずり倒すように足を巻きつけ横転し男の腕を折りにいった。


 しかし、男の体重がふっと消えた。


 ぞくり。全身が総毛立ち、かけた足を少年はとっさに解くと、逆さ姿勢のまま両腕と軸足の三本で跳んだ。低く、短く。高く長く跳躍すると着地点が予測されやすい。着地の瞬間、前転し地を蹴って、横っ飛びに何度もすぐまた軌道を変えた。


 少年のいた場所に、2発目、3発目の銃弾がめり込んでいた。地を蹴って軌道を変えなかった場合にいたはずの場所にも、軌道を変えた場所へも4発目、5発目の銃弾が追って来た。


 男は銃を持った腕に少年の足がからんだ瞬間、引っ張られた方向に飛んでいたのだ。スーツの上着が三角の影をつくり少年の上を過ぎた。男はその宙に飛んだ不安定な姿勢のまま、足をからめた少年へ、ルガーMKⅡを向け、即座に撃ち込んでいたのだ。


 ジャリッ。着地した男の踵が砂利を踏み、黒いコートが夕風になびく。


「三本足で、どっかのカラスかよ」


 男の喉から、氷河が崩れる氷ずれのような音が冷たく漏れた。喰らいつくスキをいつも伺っている野獣の唸り声のようにも聞こえた。


「弾はいくらでも出る」


 リボルバーじゃない。ボックスマガジン式の銃だ。回転式より銃弾装填数は確かに多いが無限とはいかない。子どもに絶望を植えつけ逃げる気をなくさせるためのハッタリだった。


(アイツ逃せただけか……)


 少年はひざをついた姿勢のまま、夕陽を背にした男を測り直していた。


 カンタンじゃなかった。逃亡も、追跡者のレベルもあまく見ていた。


 黒髪に黒いスーツ。凍てついた青い目が少年を冷たく見下ろしている。



「ちっ」


 自分への油断か、思わぬ反撃をガキに許したことへの苛立ちからなのか、男は腹を立てていた。


 ガツッ! 銃身の細いシルバーの拳銃を地面に叩きつけた。


 跳躍で乱れた前髪をオールバックに上げ直し、ふーーーーーーーーっ、と深く吸い込んだ息を一度、ゆっくり、長く吐いた。


(さっきより距離が離れたのに、なんで銃を捨てる? バイクがないからか? 本当は弾切れだったか?)


 ひざをついた右足を、立てた左足の陰になんとなく隠しながら少年は思訝った。


(あの長身なら、近づいて来た三歩目が踏み込み距離かな……)


 男の身長とリーチから目測で間合いの見当をつけ、迎撃シミュレーションをいくつか思い描く。


 シュキン。独特の開閉音をさせる真鍮製のライターの蓋をあけ、男がくわえた煙草に火を点けた。


「こら、ガキ」


 最初の煙を吐き出し、男が言った。


「てめえそんな血の匂いさせた足で女だけ先に単車で行かせて、ここにひとり残って何ができる気でいやがるんだ? あぁ?」


 後先考えねえガキが大人をナメた結果、想像もできなかった始末をされて翌日にはもう誰の目にも映らねえ。そんなのざらだ。


「しかも、てめえからは逆光でオレの姿が見えづらくなり、オレからは、陽に照らされてどこへ転がろうが的がはっきり見える方向に逃げてどうすんだ…… クソど素人が」


 男は眉間にしわを寄せ、本当にイヤそうにふた息めの煙草を吸った。


 黙って始末をつけ、振り向くつもりもなかった男は、改めて少年を見下ろしその赤い瞳に気がついた。


「ウサギか、てめえ。……狩りのエサにもなりゃしねえぞ」


 銀髪に赤い目。アルビノ症状のような風貌に今さら男は気づき、ゆっくり少年を観察した。鬼灯や石榴のような赤い瞳は夕陽を吸い込んでいるからそう見えるだけなのか? 夕焼けに染まり、逆立った少年の銀髪もピンクがかって見えた。


「中坊じゃねえか」


 白いシャツの襟にネイビーのラインが入っている。city の私立中学の制服を少年は着ていた。


 イヤになってきた。男が銃を向ける時、相手は射的場の紙人形と同じだ。かたづける的にいちいち関心など持たない。下手に関心が過ぎると的をはずすし、撃てなくもなる。だから冷たく感情を凍らせておくことが普段の性格のようにもなっている。


 男が嗅ぎ取った血の匂いは、少年が昨日踏み込んだ刀傷から洩れたものだった。薬布を貼りテーピングしているが、足の甲を刃が貫通した傷は動き回ったことで血がにじみ、痛みを増し、熱を発し始めていた。


 男はその足が腕に絡んだ瞬間、砂埃とむっとした風圧の中にまぎれて、子ども特有の乳くせえ体臭と汗以外に、嗅ぎ慣れた血の匂いを嗅ぎ取っていたのだった。


「なんでそんなでけえケガして、ガキがこんな事に巻き込まれやがった上に、女逃して自ら置き去りになってやがんだ」


 どういう馬鹿だ?


 男は、もう子どもは逃げられる足もねえ、と思って煙草を吹かしながらゆっくりと少年に近づいて来た。


 聞きたいことがあった。


 男が本命の女を乗せたGUILLOTINE を追わず、腕に足をかけてきた少年に思わずカッときたのにはまだ理由があった。


 少年は、回転しながらGUILLOTINE を先に走らせた時、もう一つ感心すべき仕事を済ませていたのだ。


 バイクの構造にはいくつかタイプがあるが、カギを挿す位置がハンドル近くにあるタイプと、跨がっているエンジンに直接挿すタイプがある。


 少年は回転しながら男の銃弾を避け、女を乗せたバイクを走らせ、そして上体を倒した体勢で男の乗ったバイクのキーが、エンジンに直接刺さっているのを目にして、それを抜いて男を足止めしていたのだった。


(まったく、あの一瞬で)


 足止め策としてはカンペキじゃねえか。


 しかも、子どもはどうやら、男に勝つつもりで倒しにきていた。


 雇いたいくらいだ。と、男は的に興味を持ち始めていた。


「だいたいお前らが持っていたポーチの中身、あれがなんだかわかってんのか?」


(ん?)


 ぼやきながら踏み出した男の爪先から足もとをくぐり、何かがさっと走り抜けた。


 猫?


 バササッ……


 走り抜けた足もとの猫の行方にわずかに視線を逸らした時、少年のいる場所から羽ばたく音が聞こえた。


(あ?)


 カラス?


 振り返って見上げた男の目に、何羽かのカラスたちの群れがあった。


「……あ?」


 少年がいなかった。


 そこには、夕陽を背中から浴びた男の長い影だけが白い砂に伸びていた。



「おい…… カギは?」






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