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プロローグ

自分を好きになれないあなたへ。


衣彦(きぬひこ)ー! 何もしてないのにカメラ壊れたー‼」


「何もしてなくて壊れるのは人生だけだ。しっかりしろ」 


 女なんてクソだ。

 やかましくて、めんどくさくて、嘘つきで。

 どうせ、いつかいなくなる。

 だから俺は、この下宿の誰とも関わるつもりなんてなかった。

 ──なかったはずだったんだ。


「違うって! 本当なんだってば! ねぇみーちゃん?」


「うん、さっきまで普通に撮れてたのに、いきなりフラッシュ点かなくなったの。何でかな」


「最後にいじってたのって誰? みずほ姉ちゃん?」


「ううん。最後は誰だろ……(うる)()わかる?」


「えー、わかんない。真由(まゆ)は?」


「私……もしかしたらさっき、気付かないうちにボタンに触ってたかも……」


「みんな触ってたし、誰かが無意識に操作した可能性もあるから小早川(こばやかわ)って決まったわけじゃないだろ。ウル、強制発光で試したか?」


「何それ? ヨーグルトでも作るの?」


「発酵じゃねーよ!」


「あ! ヨーグルトといえば明日の分、買うの忘れてた! ありがとう潤花、おかげで思い出した!」


「よかったー! 私いなかったらみんな餓死してたところだったね! 衣彦は私に(ひざまず)きながら泣いて感謝して! 真由は明日、1日中ずっとメイド服!」


「ど、どうしよう、私……羊の着ぐるみしか……」


「小早川、こいつの話を真に受けなくていい。それより何でそんなの持ってるのか撮影が終わったあとに詳しく説明頼む」


「ねぇ衣彦、あとでヨーグルト買ってきてくれない? いつものやつ。前みたいに杏仁豆腐と間違えないでね」


「みずほ姉ちゃんの中で俺って小学1年生の知能で止まったまま? んなことより、早く写真撮ろうぜ。ヨーグルトはあとで買いに行くから。で、カメラはどこにあんの?」


「あ、そうだ。カメラなら今お姉ちゃん持ってるよ」


優希(ゆうき)せんぱーい! カメラ持ってきてくださーい! そろそろ撮りまーす!」


「古賀くーん! 見て! ダイオウサソリが赤ちゃん産んだの! ほら!」


「え? ……ってあーーーーー、なるほど。この写真、やばいっすね。すげぇ絵面。うわぁ……すっげぇ良いカメラだからすっげぇ鮮明。サソリの赤ちゃん、こんな感じなんですねー、へーー……鳥肌立ちますねぇ」


「えへへ、可愛いでしょ。サソリの赤ちゃんって産まれたときからもう『サソリ!』って感じの形してるんだよ。それでね、白くてちっちゃくてね、お母さんの背中に乗ってみんなでわちゃわちゃしてるの。ほらよく見て。もう人間の赤ちゃんに匹敵する可愛さだよねっ」


「うーーーん75億人いる人類の中でもそう思ってるのは先輩くらいだと思いますけど、確かにその可能性はゼロじゃありませんねー……ところで先輩、今カメラのフラッシュがですね──」


「待って! 今思ったんだけど、フラッシュがクラッシュって相当面白くない⁉」


「うるせー! お前は早く強制発光しろ! 光るんか⁉ 光らんのか⁉ どっちだ⁉」


「私はいつだって光輝く奇跡の美少女でしょ⁉ 寝ぼけるのもいい加減にして!」


「ボケてんのはお前! お・ま・えー!」


「ふふっ……あははっ……フラッシュがクラッシュ……!」


「ほら見て。私のおかげで真由の可愛い笑顔が見れたんだから、私の面白さは世界平和に貢献できたといっても過言ではないよね」


「私、潤花のそういうポジティブなところ好き」


「ふっふっふ、すごいでしょみーちゃん。この子、私の妹なんだよ?」


「姉バカ発揮してるところ申し訳ないんですけど、先輩、さっきカメラいじりました? フラッシュ点かないみたいで」


「あー、フラッシュならサソリ撮るのに邪魔だったから切っといたよ」


「はい出たー! 犯人ここにいましたー! 真実はいつもひとつぅー!」


「古賀くん、今日はまた一段とテンション高いね」


「潤花ちゃんも優希ちゃんも、面白いから……」


「いや、だって! 俺一言でも人外を撮るって言いましたかね⁉ 学校のパンフレットに産卵したサソリ載せるなんて前代未聞のテロリストですよ⁉ 頼んできた友達になんて説明すればいいんですか!」


「『サソリ!』」


「バーロー! いいからさっさとカメラの設定元に戻して! もう! 何でみんな言うこと聞いてくれないの⁉ 早く写真撮るよ⁉」


「はーい」


「なんか新米保育士が悪戦苦闘してるみたいだね」


「他人事みたいに言ってるけどお前も当事者な⁉」


「ま、待って衣彦くん。お願いしてたモザイクのこと……考えてくれた?」


「あー、あのな小早川。それは何度聞かれても答えは同じ、却下だ。学校の宣材写真っていう名目でもあるけど、文化祭で展示される写真でもあるんだ。想像してみろ。公衆の面前で一人だけ首から上にモザイクがかかった女子生徒だぞ? センシティブ過ぎるだろ」


「じゃあ、せめて、手でこうやって目を隠して……」


「待て待て待て。まずい、手のひら向けて目を隠すそのポーズ、いろいろとまずい。違う施設の写真になるだろ……っていうか、どこで覚えたんだそんなの。あとで詳しく──」


「ほらー、遊んでないでいい加減撮ろ? 早くカメラ返さなきゃ(ほり)くんが困っちゃうでしょ?」


「正論だけど俺が責められてるみたいな流れになってるの、すんげー納得いかない」 


「私、24時間映()えっぱなしの女だからいつでも撮っていいよ! バッチコイ!」


「私も! 古賀くんはソファの真ん中ね! ハーレム感出してこ!」


「そうだね、新入生組は前に座ろっか。私と優希は後ろで立って……あ、そうだ、テーブル映っちゃうよね? 散らかったままだ! 衣彦、すぐ片付けるからちょっと待ってて! まだ撮らないでよ⁉」


「うぅ……モザイク……」


「はぁ……じゃあまぁ、みずほ姉ちゃんの準備できたら撮りまーす。撮るからな? いいな?」


「うぇーい」「はーい」「……うん」


「あー! 大変! 見て!」


「今度は何⁉」


「茶柱!」


「撮りまーーす‼」


 幼馴染みのささやかな幸せ報告をガン無視した俺は、三脚に固定したカメラのセルフタイマーを起動する。


「ちょっとー⁉ 待ってってばー‼」


 催促はしたものの、タイマーの時間はたっぷり取ってある。

 俺はゆっくりとソファに腰かけながら、慌てふためくみずほ姉ちゃんの横顔にかつての恩人の面影を重ねた。

 

 秋子おばさん。

 見ているでしょうか。

 子供の頃からの遊び場だったこの下宿で、俺たちは相変わらず元気にやっています。

 いまだに女子は苦手ですが、それはみずほ姉ちゃんのお節介……もとい手厚いご指導のもと、少しずつ改善していっている気がしないでもありません。

 毎日悪態をつきながらも、この下宿でなんとか暮らしているのはきっと、秋子おばさんが残したいろんなものが俺の助けになっているからだと思っています。

 まぁ、とにかく……おかげで悪くはない毎日です。

 だから、これからも見ていてください。

 あなたのつくった、『ただいま』の言える場所を。

 変わり続けていく日常を。

 そしてそこで暮らす、住人達の話を。


 やがて──光が瞬いた。





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