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七.進む

 時は少しさかのぼる。


 椿は夜目が効く。

夜明けを待たずに、剛夕(ごうゆう)とともに日之出峰(ひのでみね)に入った。


 暗く、足元は悪い上に見えない。

 剛夕は必死に椿の背を追った。


 入山してしばらくした時だ。

 突然、暗闇に銃声が響いた。

 椿は反射に身をかがめ、その背に剛夕を隠すようにかばった。


 一発。

 遠く、こだますような音だった。

 おそらく、小型銃。


 椿は目を凝らし、あたりを見渡すが、闇が広がるばかり。

 何も見えない。


 そこに、さらに二発の銃声。

 その後不規則に続き、止んだ。


「…椿」


 剛夕が耐えかねて声を出すと、椿は剛夕の口を抑えるように、制した。

 耳を澄まし、気配をうかがったが、それ以上銃声はなく、人の気配も感じない。


 発砲があったのは、日之出峰であることは間違いない。

 だが、遠かった。

 行くなら、今のうちだ。


「行きましょう」


 椿は身を低めながら、再び登り始めた。


 峰を越えた反対側、山中の陸軍十二番隊も、同じ銃声に一気に緊張が高まった。


「柚月殿でしょうか」

「おそらくな」


 そう応えながら、隊長は遠く耳を澄ませ、様子をうかがっている。

 銃声の感じから、柚月は敵本隊に遭遇したわけではなく、先兵か何かに出くわたと考えるのが妥当だ。

 今の銃声で、敵も動き出すにちがいない。


「我々も向かうぞ」


 陸軍十二番隊もまた、進軍を開始した。

 この時椿や十二番隊が聞いた銃声は、柚月が車輪を背負った男たちと遭遇した時のものである。


 さて、時を戻そう。

 義孝(よしたか)と別れた柚月は、日之出峰山頂付近にたどり着いた。


 不思議と足が軽くなったように感じる。

 体は疲労しているが、心が軽い。

 頂上までは、そう遠くなかった。


 真直ぐ上っていたつもりが、随分七輪山よりに上っていたらしい。正面に見えると予想していた城が、左手に現れた。


 うっすらと二の丸が見え、柚月は一瞬、椿を想った。

 その奥に本丸、天守がそびえている。


『ここだ』


 昨夜、佐久間が地図で指さしたのは、七輪山(しちりんさん)山頂より、尾根伝いに天明山(てんめいさん)に向かう途中、わずかに都側に下ったところ。

 そこに、小屋があるという。


開世隊(かいせいたい)の拠点の一つだ。楠木(くすのき)は、ここにいる」


 日之出峰と天明山がつながるところ、そこから尾根を伝って南を目指せばいい。


 三山の尾根が交わるところには、目印として(ほこら)が建てられている、と雪原が加えた。


 まずは、そこを目指す。

 柚月は先を急いだ。


 一方義孝は、柚月の足音が遠のき、聞こえなくなっても、しばらく起き上がれないでいた。

 柚月の一撃が、相当効いた。


 眼前に広がる空は高く、白く、光が混ざってきている。

 一つ深呼吸すると、何とか起き上がった。

 が、やはり、痛む。

 あばらをやられているらしい。


「思いっきりやりすぎだろ」


 義孝は柚月の一刀が入ったところをさすりながら、苦笑いした。

 だが、気分はいい。

 もうひと踏ん張り体に力を込め、立ち上がった。


 まだ、やることがある。

 義孝のまなざしに、ぐっと力がこもった。


 山頂に向かって一歩踏み出すと、微かに、うめき声が聞こえた。

 斜面を少し下ったところで、わずかに何かが動いている。

 柚月が切った男だ。

 義孝が近づくと、意識を取り戻していた。


「…死に、たくない…」


 男が目に涙を溜め、微かな声で懸命に訴える。


「わかった、わかった」


 義孝は流すようにそう言うと、男の横に膝をついた。

 義孝自身、動くとあばらがうずく。

 それをこらえて、男の傷を診てやった。


 正直、傷口がはっきり見えるほどまだ明るくはない。

 だが、そう深くはなさそうだ。

 いや、おそらく浅い。

 血が止まっている。


「大丈夫だ。これで死ぬなら、よっぽど運が悪い」


 義孝がそう言うと、男は安堵の笑みをもらした。


「悪ぃけど、俺、行かないと」


 男は頷いた。


「すみません」


 そう言って指をさす。

 その先に、男が背負ってきた車輪が転がっている。


「あれは…。もう、いいんだ」


 義孝はそう言うと、山頂を目指して歩き出した。


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