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四.運命の岐路

 一方城では、羅山(らざん)からの砲撃に騒然としていた。

 その動揺は、東の端、二の丸にも伝わっている。


「まさか、羅山からこようとは。やはり、あやつらのすることは、はかり知れん」


 そう言いながらも、剛夕が落ち着いて見えるのは、育ちの良さからくる品によるものだろう。

 だが、その心の内の動揺が、声の震えになって表れている。


 椿はその声を背中で聞きながら、窓から外を見つめた。

 大砲の音は一発。

 市中に向かってのものだった。

 その後は、銃声が響いている。


 ――山中で合戦に?


 大砲の音が聞こえないことを思うと、接近戦。

 だが、市中に配備されていた陸軍が向かったにしては、到着が早すぎる。


 いったい、何が起こっているのか。


 椿は考えを巡らせるが、答えは出ない。

 ただ、危機が迫っていることは確かだ。

 このまま城にいるべきか、と迷った。


 銃声響く羅山に、日が沈んでいく。

 夜になれば、山中は真っ暗になるだろう。


 しかし。


 と、椿は考える。


 ――もしも、夜のうちに兵を進めてこられたら…。


 嫌な予感が胸を離れない。


「椿殿」


 雪原の護衛頭、藤堂が来た。

 二の丸の警備は、この藤堂率いる雪原の護衛隊が任されている。


「藤堂さん。夜明け前に、城を出ます」


 七輪山を抜け、横洲(よこす)に。

 藤堂も頷く。

 椿と同じ考えである。


 椿は再び窓の外を見た。

 空が、夕日で一面、赤く染まっている。

 その空に、黒点が見えた。

 近づいてくる。


 椿は、急いで首にかけている笛を襟元から引き出し、吹いた。

 甲高い音が空気を貫く。

 あっという間に黒点に届いた。

 黒点が、恐ろしい速さで、椿をめがけてくる。

 椿が皮の手袋を付けた手を差し出すと、その手に大きな鷹がとまった。


 さすがの剛夕も驚き、「わあっ!」と上げて後ろにひっくり返った。

 が、椿は構わず、鷹の足の筒から紙切れを取り出した。


 雪原からの知らせだ。

 それを読む椿の顔から、藤堂は良くない知らせだと察した。


開世隊(かいせいたい)は、羅山、七輪山、両方面から迫っています。剛夕様を、本陣にお連れするようにとのことです」


 椿は厳しい目を上げた。


「七輪山も、とられたか」


 剛夕の声に、あきらめが交じる。


「今すぐ城を出ます」


 椿がそう言った時だ。

 再び砲撃があった。

 羅山からだ。


 市中に着弾。

 さきほどより、城に近い。


 続いて二発。

 同じような場所に着弾。


 確実に城に迫ってきている。


「椿殿。今外に出るのは危険です。もうすぐ日も暮れる」


 藤堂自身、動揺が無いわけではない。

 だが、それを押し殺し、冷静な目を椿に向けた。


 城の正面は真南ではなく、南西に向いている。

 つまり、羅山の方を向いている。


 正面から出ては、敵に知れる可能性が高い。

 かといって、東から出て日之出峰に入れば、夜の山中で遭難する恐れがある。


「明日、日の出前に日之出峰(ひのでみね)にお入りください」


 藤堂は落ち着いた声で続ける。


「日之出峰を越えて、町に。七輪山は羅山よりも険しい。あの山には大砲を持ち込むことなど不可能でしょう。都の東側を行けば、上から砲撃されることはない」


 加えて、日之出峰を越えた先は、代々政府に仕えてきた家臣の邸が立ち並んでいる。

 助けになってくれるはずだ。


 椿も頷く。

 それしかない。


「…皆は、どうするのだ」


 剛夕は恐る恐る聞いた。

 城には、城の警護に当たっている警備隊や陸軍だけでなく、参与はじめ役人、そして、避難している民がいる。


「我々は残って迎撃します」

「…勝てるのか?」


 南からの侵入に備え、兵力は主に都の南に割かれ、城の兵力は十分とは言えない。

 援軍も期待できるかどうか。


「分かりません。ですが、剛夕様が日之出峰を越えられるまで、敵の注意を引くことくらいはできましょう」

「…私だけ、逃げるのか」


 剛夕は初めて、自分の立場を本当の意味で理解した。

 誰の命よりも、自分の命が優先されている。


 自分は、何がなんでも生き残らなければならない人間なのだ。


 犠牲になった者、これから犠牲になる者のためにも。

 剛夕の目に、覚悟が宿った。


「椿、よろしく頼む」


 脅えを噛み殺し、凛とした、芯のある声だった。


「はい」


 椿は力強く頷いた。

 日之出峰を越えられれば、椿には本陣までの道が見えている。

 山中で敵と遭遇さえしなければ。


 椿は鷹に雪原への返信を託すと、夜の闇が迫る赤い空に放った。

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