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弐.開戦

 翌朝、早朝。

 それは突然だった。


 (あし)から都へつながる浅瀬の海から、一発の大砲が放たれた。


 球は関所近く、宿場町の一番隊の陣近くに着弾。

 朝靄(あさもや)が漂う遠浅の海に、黒光りする小さな船が一層浮かんでいる。

 一見、それと分からないが、軍艦だ。


 だが、その目的は砲撃ではない。


 この船から放たれた一発、その音を合図に、羅山(らざん)ふもとで無数の銃声があがった。

 応戦の音が交じる。


 合戦の始まりだ。


 柚月は大砲の音で飛び起きた。

 休んでいたほかの者も廊下に飛び出し、本陣内は騒然としている。

 雪原の元には、最初の伝令が駆け込んできた。


「やはり、海か」


 雪原が独り言のようにつぶやく。


「しかし、いったいどこから。海には海軍が陣を敷いています」


 清名は冷静なようで、狼狽している。


「蘆沖から海岸線に沿い、浅瀬を伝って侵入した模様です」

「あの浅瀬をか⁉」


 珍しく清名が驚きを顔に出した。

 蘆から都に駆けての海岸は遠浅で、小さな漁船くらいしか航行できず、軍艦のような大型船は近づくことすらできない。

 敵はそんな小型で、大砲が詰めるような船を所有している、ということだ。


 さらにその船は、海軍の追跡をふりきり、大洋に抜けたという。

 速さまで兼ねそろえている。

 そんな船を作る技術は、この国にはない。


「やはり(はぎ)も、そうとう海外と流通があるようですね」


 いや、楠木(くすのき)が、と言うべきか。

 雪原の奥歯がギリと鳴った。


 次々にやってくる伝令が、戦況を報告する。

 雪原の予想通り、七輪山(しちりんさん)ふもとでも開世隊(かいせいたい)と政府軍がかち合った。

 こちらには、開世隊の旗しか見えないという。

 ここでの開世隊は、見たこともない、海外製の大型の重火器を使用しているということだった。


 それも、雪原の予想通りだ。

 大型の物や、大量の武器を運ぶには、陸路より海路の方がいい。

 雪原自身がそうしたように、開世隊が横浦(よこうら)周辺に武器を集めていてもおかしくはない。


 だが、いったい、どこに隠していたというのか。

 疑問は残ったままとなった。


 底後も、合戦は激化の一途をたどった。

 が、日が高く昇り、天に弧を描いて傾いても、戦況に大きな動きはない。


 ほぼ互角。


 いや、やや政府軍が優勢とあり、開世隊と萩の連合軍は、いまだ都に入れていない。

 だが、雪原は東が気になっていた。


 雪原の予想通り、開世隊が横浦から武器を運び込んでいたのだとしたら、もっと激しい衝突になってもおかしくない。


 日暮れが近い。

 暗くなれば、自然、休戦になるだろう。


 ――その間に、次の一手を打たなくては。


 雪原は地図を見た。

 七輪山のふもと、そこから海岸線を辿る。

 横洲(よこす)の端をかすめ、横浦。

 横洲の端を――。


「…横洲」


 雪原が何事かひらめいたその時だ。

 外で大きな音がした。


 大砲が着弾したような音。

 だが、海の方ではない。

 近い。


「何が起こった!」


 雪原の声と同時に、兵士が駆け込んできた。


「申し上げます。羅山(らざん)中腹より砲撃有り!」

「羅山⁉」


 雪原が思わず驚きの声をあげた。

 陣内もどよめいている。

 報告は続く。


「球は、麹町(こうじまち)、民家に着弾した模様!」


 本陣から大通りを挟んで、二つ目の町だ。

 近い。

 陣内に動揺が走った。


「なぜ羅山に!」

「どこから入ったのだ!」

(あし)は何をしている!」

「まさか、(あし)の裏切りか⁉」


 兵士たちが口々に言い合い、混乱が混乱をあおる。


「落ち着け‼」


 雪原の声が響いた。

 穏やかなこの人が発したとは思えない。

 今までに誰も聞いたことがない、厳しく威厳ある一喝に、皆一瞬にして黙った。


「陣を立て直す」


 雪原は地図に目を落とした。

 兵士たちも落ち着きを取り戻し、静かに持ち場に戻りだした、その時。

 取り戻した落ち着きを再びかき乱すように、門のあたりが騒がしくなった。


「門前にて、怪しい男を捉えました!」


 報告の後ろから、男の声が聞こえてくる。


「柚月に会わせてくれ。一華(いちげ)!」

「佐久間さん?」


 聞き覚えのある声に、柚月はピクリと反応した。

 その様子に、雪原が振り向く。


「知り合いですか?」

「あの手紙の、送り主です」


 雪原が頷き、男が連れてこられた。

 やはり、佐久間だ。


「どうしたんですか?」


 駆け寄る柚月に、佐久間は食いついた。


「七輪山だ!」

「え?」

「楠木は、七輪山にいる!」

「どういう…事ですか?」


 柚月は話を飲み込めない。


「開世隊はもとより、羅山と七輪山から攻め込むつもりだ!」

「なるほど、そういうことですか!」


 柚月より先に、雪原が理解した。

 この都は、大地が作り出した要塞。

 一方、それは(あなど)りになっている。

 山からの攻撃など想定していない。


 だが、羅山、七輪山はともに、尾根続きに城に直結する。

 山から攻めれば、一気に城までたどり着ける。


「七輪山のふもとの合戦も、敵の本来の目的ではない。その裏、横洲から七輪山に入るのを隠すためですね?」


 佐久間が頷く。

 だが、柚月は納得できない。


「でも、どうやって、どこから七輪山に入るんですか? あんな、崖みたいな山裾」


 登りようがない。

 しかも七輪山のふもとは、その崖がずっと続いている。


「横洲の神社ですよ」


 雪原があっさりと教えた。


「神社?」


 柚月の脳裏に、小さな神社が浮かんだ。

 雪原について横浦行ったに際、帰りに立ち寄った神社。

 雪原が境内で襲われたという神社だ。


 確か雪原は、境内(けいだい)をうろついていた男たちに襲われたと言っていた。

 そしてその後、開世隊の不審な動きが分かったとも。


「じゃあ、雪原さんを襲った男たちは、七輪山の入り口を探って…」

「そういうことのようですね」


 言いながら、雪原には、開世隊が武器や兵を隠していた場所も検討がついた。

 横洲だ。

 横洲の人々が開世隊に協力し、隠していた。


 私利私欲にしか興味のない政府の人間は、貧困にあえぐあの地の人たちを見捨てた。

 そのしっぺ返しが来たのだ。


 さらに、最近市中で擾瀾隊狩りが派手になっていたのは、おそらく、政府の目を都内に向けさせ、その隙に横洲へ軍事力を集めるための、囮。


 雪原は、奥歯をギリッとかみしめた。

 さらに不味いことがある。


「城には、もしもの時のために、脱出経路がいくつかあります。そのうちの一つが…」


 雪原は言葉を詰まらせた。

 脳裏に浮かんでいるのは、嫌な事実だ。


「二の丸から七輪山に抜け、横洲へ出る道です。あの神社は、その出口を守っているのですよ」


 二の丸と聞いて、柚月は背筋が凍った。

 剛夕のいる場所。

 そこには、椿がいる。


「椿に知らせを飛ばします。あの子も抜け道のことを知っている」


 城が危ないと判断すれば、剛夕を連れて城を出るだろう。

 まして、羅山から攻撃されている。

 町に出るより、反対側の七輪山に行くに違いない。

 そうなれば、開世隊と鉢合わせになる。


「羅山には今、擾瀾隊(じょうらんたい)がいる」


 佐久間が割って入った。

 事前に連合軍の動きを察知していた擾瀾隊は、羅山山中で迎え打った。

 先ほどの砲撃は、その戦闘によるものだという。


「微力だが、多少の足止めくらいはできるだろう」


 自分たちにも、まだ誇りくらいはある。

 佐久間のまっすぐな言葉に、柚月は頷いた。

 うれしかった。

 柚月の知る、佐久間の姿だ。


「雪原さん」


 柚月は改まった。


明倫館出(めいりんかんで)の開世隊員なら、夜でも山中を進めます」

「どういうことですか?」


 雪原は素直に受け入れがたい。

 険しい山中、夜移動するなど遭難の恐れがある。


「明倫館の人間は…」


 柚月はそうまで言って一瞬ためらった。

 言い難い。

 だが――。

 変えることのできない事実だ。


「俺たちは、野盗狩りで腕を磨いたんです」


 野盗とはいえ、人を、殺すことで。

 雪原は一つの疑問が解けた。


 帯刀は武士のみに許される特権だ。

 にもかかわらず、町人や百姓の者を含む開世隊員が、なぜ皆、刀を持っているのか。


 本来野盗など、国が取り締まるはずである。

 国にとっても、脅威になり得るからだ。

 だが、(はぎ)は、そうしていない。


 開世隊に野盗狩りという汚れた仕事をさせることで、代わりに黙認していたのだ。

 そして、野盗狩りは主に夜、山中で行われる。


 明倫館の者は、夜の山に強い。

 楠木の策は、それも利用している。


「俺に、行かせてください」


 柚月の申し出に、雪原は頷いた。


日之出峰(ひのでみね)に向かいなさい」


 都から七輪山に入るには、日之出峰の山頂から尾根伝いに行くしかない。

 今夜は新月。

 日が落ちれば、一体が闇に包まれる。

 少しでも日があるうちに。


「十一番隊は羅山に、十二番隊を日之出山に向かえ!」


 雪原の厳しい声が響く。

 柚月も本陣を飛び出した。


 門のところで、気の利く馬係が、特別足の速い一頭を表に用意していた。

 柚月は手綱を受け取るなり飛び乗った。

 乗馬の心得はある。


 萩にいた頃、明倫館の者たちは、誰が一番うまく乗れるか、裸馬に乗って競っていた。

 その経験が活きた。


 大通りを、北へ。

 両側の建物が、ものすごい速度で後ろに流れていく。

 が、それでも遅く感じる。


 ――早く!


 一刻も。

 一秒でも。

 早く‼


 柚月は焦りを噛み殺し、手綱を握りしめる。

 その上を、雪原からの知らせを託された鷹が、城に向かって一直線に飛んで行った。


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