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壱.前夜

 都の中央。

 の、やや南にある濱口邸(はまぐちてい)

 都一の商人、濱口(はまぐち)長三郎(ちょうざぶろう)(やしき)が中央政府陸軍の本陣である。


 この邸が元来、有事の際に本陣を置くために作られたものだ、ということを知る者は少ない。

 そして、実際にそのために使われるのは、都の二〇〇年を越える歴史の中で、今回が初めてのことだ。


 人々は城に避難し、町は廃墟のようになっている。

 対照的に、本陣の周囲は厳重な警備が敷かれて物々しい。

 邸には政府軍の陣であることを示す、枝垂(しだ)れ藤の紋があしらわれた幕が張られ、門の両側を守る陸軍隊員は、仁王さながらだ。


 その門を入って少し歩くと、母屋(おもや)の玄関に当たる。


 左手には、砂利を敷き詰めた小さな庭があり、その庭に面した部屋が陸軍本部だ。

 障子戸は開け放たれ、鎧を身につけた陸軍隊員たちが忙しなく出入りしていて、彼らが動くたびにカチャカチャと鎧が鳴り、その音がまた、緊張をあおる。


 その部屋の中央で、雪原が机一面に広げた地図をじっと睨みつけていた。

 その表情は、険しい。


「来ましたね」


 雪原は庭に入ってきた柚月に気づくと、ニコリと微笑んだ。

 が、その顔を見て、柚月は直感した。


 事態は良くない。


 雪原の顔には、これまでになく緊張が張り付いている。

 そして、その直感は当たっていた。


「こちらの想定より、敵の足が速い。開世隊(かいせいたい)(はぎ)の連合軍は、すでに、羅山(らざん)に迫っています」


 雪原が厳しい調子で説明する。

 思っていたより、一日半早い。


「明日、日の出が合図になるでしょう」


 柚月の表情は自然、固くなった。


 ――明日…。


 (いくさ)になる。

 萩と。

 開世隊と。


 そして、楠木(くすのき)と再び対峙することになる。

 きっと、義孝(よしたか)とも…。


「柚月」


 柚月がはっと顔を上げると、雪原の優しい目が向けられていた。


「皆が住みよい国に、変えないとね」


 雪原の、いつもの笑みだ。

 柚月は安心し、心強く感じた。


「はい!」


 力強く頷く。


 ――必ず勝つ。


 そして、新しい国を作るんだ。

 弱い人が、安心して暮らせる国を。


 柚月は改めて、くっと心に力が入った。


 都は北、西、東の三方をそれぞれに天明山(てんめいさん)羅山(らざん)七輪山(しちりんさん)という山に囲まれている。


 それぞれの山は険しいだけでなく、天明山はそこから連なる山脈、羅山は隣接する国「(あし)」、そして七輪山は横洲(よこす)、それぞれが人の入山を監視し、阻止している。


 つまり、都で戦となった場合、南側を守ればいい。


 南は海。

 浅瀬が続き、船は通れない。

 港もない。

 軍艦で攻め込まれることは、まずない。

 この都は、大地に守られた要塞なのである。


 そしてそれが、ここに都がおかれた最大の理由だ。


 萩は、西から攻めてくる。

 戦場は主に都の西の入り口、隣国(あし)との関所あたりになるだろう。


 いや、なんとしても、そこで食い止めなければならない。


 それも、政府軍のみで。

 つまり事実上、雪原率いる陸軍のみで。


 萩の総大将が現将軍、冨康(とみやす)である以上、他国の援軍は期待できない。

 現に、すでに剛夕(ごうゆう)が各国に援軍要請をしているが、いずれも返事がない。

 巻き込まれてもおかしくない(あし)でさえ、沈黙している。


 雪原は一番から二十番まである陸軍の内、特に海外製の重火器に強い一番隊と三番隊を西の入り口、羅山ふもとに配置した。

 万が一の横浦(よこうら)方面からの侵入に備えて、東の入り口、七輪山ふもとにも、戦力を割いている。

 海は宇井総督率いる海軍が守っていて、すでに小さな漁船すら浮かんでいない。


 万全を期している。


 だが。


 雪原には、密かに、激戦になるのは東の入り口ではないか、と不安が残っていた。


 横浦には調べを入れ、敵の影はないことは確認済みだ。

 だが、横浦にいた頃、開世隊員を多く見かけたことが頭から離れない。


「お休みになられては」


 清名が雪原を気遣った。

 もう、夜も更けている。

 雪原は、地図を睨んで離れない。


「そうだな」


 そう答えはしたが、動きそうもない。

 無理もない。

 もとは外交官をしていた人間だ。

 初陣で、この国の未来を担うなど、重すぎる任務だ。

 清名はそれ以上は何も言わず、一礼すると下がっていった。


 廊下は、所々ろうそくが灯されているが、その明かりは頼りなく、暗い。


 清名が部屋を出るとすぐのところに、その暗い中、柚月が刀を抱えて座っていた。

 ほかの兵は控えの間に下がっているというのに、こんなところにうずくまっている。

 清名は、やはり柚月も落ちかないのだな、と、声をかけようと身をかがめ、ぎょっとした。


 寝ている。

 すうすうと、のんきに寝息まで立てて。


 清名は思わず大声で笑いそうになったが、こらえた。

 腹が座っていると言えばそれまでだが。

 大物なのかバカなのか。


 ――分からんやつだな。


 清名は自身の羽織を柚月にかけてやると、控えの間に下がっていった。


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