参.花冠
そろそろ昼食だという頃になっても柚月は帰って来ない。
「ちょっと、捜してきてくれない?」
鏡子がそう頼むと、椿は顔を曇らせ黙りこくった。
「柚月、どこに行ったのですか?」
雪原がケロリと聞く。
結局雪原は、事情を知らないままだ。
「どこかしら。花を探しに行っているのですよ」
「花? それなら、裏の河原ですかね」
雪原の応えに、鏡子は、おや、という顔をする。
「市場ではないの?」
「お金を持っていないでしょう」
そう言って雪原が笑い、鏡子も、そういえば、と笑った。
楽しそうな二人の横で、椿一人、困っている。
「早く」
鏡子に促され、椿は仕方なく、裏の河原に行ってみることにした。
本当にいるのだろうか。
いてほしくない気がする。
昨日、なぜあんな態度をとってしまったのか。
椿自身、説明ができない。
喧嘩の仲裁、それも、刀を持った者同士の喧嘩に割って入る。
自身の危険を顧みないあの行動は、柚月らしい、とは思う。
それに、柚月の腕は確かだ。
本来なら、心配するようなことでもない。
なのに。
どうしようもない不安に襲われた。
止めるようと伸ばした手から柚月の袖がすり抜け、空を掴んだ。
あの瞬間。
あふれ出る不安が苛立ちに、そして、怒りに変わった。
なぜだか分からない。
ただ、柚月は悪くない。
申し訳ないと思うが、何をどう謝ったらいいのか分からない。
後にも引けない。
ただ、気まずい。
「お兄ちゃん、ここからどうするの?」
女の子の声がした。
河原の方だ。
土手沿いの小道に出ると、姉妹だろうか、河原に幼い女の子が二人、そして、その前に柚月が座っているのが見えた。
女の子が、紐のような物を柚月に差し出している。
柚月はそれを器用に輪にすると、女の子の頭に乗せてやった。
野花の冠だ。
女の子が嬉しそうにしていると、土手の上に女が現れ、女の子たちを呼んだ。
おそらく、母親だろう。
帰ってくるように言っている。
「お兄ちゃん、またね」
女の子たちは元気に手を振り、母親の元に駆けて行った。
手を振って応える柚月に、土手の上から母親がぺこりと頭を下げる。
おそらく、この近くの邸の女中だろう。
柚月も会釈を返しているうちに、女の子たちが母親のもとにたどり着いた。
女の子たちは柚月を振り返り、また大きく手を振ると、親子三人、楽しそうに帰っていく。
それを見届けると、柚月はのそっと立ち上がり、ぱっぱっと尻に着いた草を払った。
払われた草が、風に乗って舞う。
ふと、視界の端に人影が入った。
驚いてぱっと振り返ると、椿が立っている。
うつむき、気まずそうに。
ただ、相変わらず気配がない。
「どうしたの?」
柚月の声は優しい。
椿は、ますます態度に困った。
「鏡子さんが。…お昼だから、帰ってくるように…って」
なんとかそう答えたが、柚月の顔を見ることはできない。
「もう昼か」
柚月は空を見上げた。
確かに、日が高い。
「はい」
そう言うと、柚月は椿の頭にポンと何かをのせた。
うつむいている椿には、何か分からない。
なんだろう。
頭を包むほど大きい。
だが、輪のような形をしている。
恐る恐る手で触れてみた。
この感触。
花冠だ。
椿の口元が、自然と微笑んだ。
柚月をちらりと見る。
うつむき加減なせいで、上目遣いに。
目が合った。
柚月がにっこり笑う。
椿は一瞬で胸の中が温かくなり、またうつむいた。
ほっとした。
それに、なぜだろう。たまらなく嬉しい。
それと、恥ずかしいような…。
不思議な気持ちだ。
うまく言えない。
椿はただ、はにかんだような笑みを見せた。
二人そろって邸に帰ると、出迎えた鏡子は思わず笑った。
椿の頭に、ちょこんと花冠がのっている。
教えた花とは違ったが、柚月らしい。
その日の昼食は、久しぶりに、四人そろってのものとなった。




