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十.霹靂-へきれき-

 都に着くと、柚月は別宅で待つよう言われ、一人向かった。


 すでに日が傾いている。

 (やしき)に着くころには、あたりは薄暗くなっていた。


「ごめんください」


 柚月が玄関の前で声をかけると、カラカラと戸が開き、鏡子が現れた。

 まではいい。

 が、さて、どう説明したものか、と柚月は迷った。


 ここで待つように言われてきたが、鏡子はそのことを知らないだろう。

 突然戻ってきた自分を、不審に思わないだろうか。


「あ…っと、その」


 言葉に困る柚月に、鏡子はケロリとした顔を向けた。


「おかえりなさい」


 まるで柚月がここに帰ってくるのが当然、というような調子だ。

 柚月は戸惑った。

 自分が「ただいま」というのも、おかしい気がする。


「あの、ここで待つように言われて…」


 もたもたと説明すると、鏡子は「そうですか」と、やはりさして気に留める様子もなく柚月を迎え入れようとする。


 柚月はますます戸惑った。

 どう対応すればいいのか分からない。

 無言で一礼すると離れの部屋に行き、そのまま布団も敷かずに畳の上で眠ってしまっていた。


 気が付いたのは、翌日。

 目覚めと同時に飛び起きた。


 室内が明るい。

 すでに日が高く昇っている。


 ――寝過ごした!


 急いで傍らの刀に手を伸ばし、ピタリと止まった。

 体に、布団が掛けられている。


 用意した覚えなどない。

 当然だ。

 昨夜、様子を見に来た鏡子が掛けたものだ。 


 温かい。

 自分の体温が、移っているだけだというのに。

 その温かさが、妙に沁みた。

 寄りかかりたくなる。

 柚月はその衝動をぐっとこらえて布団を振り払うと、急いで母屋(おもや)へ向かった。


 だが、雪原の姿はない。

 いるのは、鏡子一人。

 居間で静かに、洗濯物をたたんでいる。


「旦那様なら、しばらく本宅にいらっしゃると思いますよ」


 鏡子は柚月が何を聞くより先に、そう教えた。

 鏡子が言うには、本宅の方が城に近いこともあるが、何より、妻への配慮があるのだという。


 この堤鏡子(つつみきょうこ)という愛人は、もとは芸者をしていた。

 街を歩けば誰もが振り返るほどの美人だ。

 それに加え、芸者らしい、どこか凛とした品格と独特な色気があり、人当たりはいいが、芯の強さがある。

 会って間もない柚月も、鏡子の人柄を感じていた。


 そんな鏡子が、心なしか寂しそうに見える。

 だが、そうそう弱さを見せる女ではない。


「愛人なんていうものは、影の存在ですから」


 きっぱりと言い切る。

 柚月は大人の女の(いき)を感じた。


 鏡子と柚月の付き合いは、この後長く続くことになる。

 が、鏡子はこの姿勢を貫き、最期まで自ら表に出るようなことはしなかった。


 さて、三日経った。

 雪原は来ない。

 空は晴れ、母屋(おもや)から時折鏡子が弾く三味線の音が聞こえる、穏やかな日が続いていた。


 そんな昼下がり。

 邸の裏木戸が、静かに開いた。

 気配無く入ってくる者がいる。


 椿だ。


 裏木戸からは、入ってすぐに離れがあり、それを囲うように小さな庭になっている。

 椿は、離れの角を曲がったあたりに人の気配を感じた。


 音が聞こえる。

 この音。

 おそらく、誰かが刀を振っている。


 行ってみると、案の定、柚月が刀を握っていた。

 何と戦っているのか、一心に刀を振っている。

 それが不意に止まった。


 椿に気づいたわけではない。

 どこから入って来たのか、柚月のすぐ近くに茶色い猫が丸まっている。

 猫は黙って柚月の方をじっと見ていたが、柚月が気づくと、「にゃー」と鳴いた。


「今日は飯ないよ」


 柚月は猫に話しかけたが、言葉は通じなかったらしい。

 まっすぐ柚月の元にやってきて、足元にすり付いた。


「まいったな…」


 柚月は頭をカリカリ掻きながらかがむと、仕方なく猫を撫で始めた。


「ここに住み着くなよ? 俺はこの家の人間じゃないんだ」


 猫は喉をごろごろと鳴らし、柚月の手にじゃれついている。


「いつまでいるか、わかんねぇから」


 そう言いながら猫を見つめる柚月の目は、どこか寂しげだ。

 猫は変わらず、柚月の手にじゃれついている。


 それが、突然。

 びくりとすると、柚月の横をすり抜けて廊下の下に駆け込んでしまった。


 急にどうしたというのか。

 柚月が振り返ると、離れの陰に椿の姿があった。

 どうやら猫は、椿に驚いたらしい。


「餌、あげていたんですね」


 柚月は、あ、バレた、と言わんばかり。

 人差し指を口もとに立て、いたずらを隠す子供のような顔をした。


「鏡子さんには、黙ってて」


 食事はいつも、鏡子が離れまで運んでくる。

 それを少し残し、庭に来る猫にこっそりやっていたら、すっかり懐かれてしまったのだ。

 だが、知れると叱られる気がして隠している。

 椿は不思議と、仕方のない人だなという気持ちになり、笑みが漏れた。


「どこか行ってたの?」


 柚月はそう聞きながら、刀を納めている。

 椿はいつもの着物姿ではなく、旅装束(たびしょうぞく)だ。

 だが椿は、「ええ、まぁ」と曖昧にしか答えない。


「お体、もうよろしいのですか?」


 代わりに柚月を気遣った。

 刀を持つには、まだ早いように思う。


「ああ、うん。じっとしてると、体がなまりそうでだから。まあ、医者にばれたら怒られそうだけど」


 柚月はそう言って、今度はやんちゃな子供のような笑顔を見せた。


 ――本当に、仕方のない人。


 椿から、また笑みが漏れた。


「ああ、そうだ!」


 突然、柚月が何か思い出したようにそう言い、椿はビクリと驚いた。

 きょとんとする椿を残し、柚月は部屋に駆けこんで行ってしまっている。

 そして、何か包みを持って戻ってきた。


「お土産。横浦(よこうら)に行ってて」


 そう言って差し出した手には、かんざしがのっている。

 市場で雪原が買ったかんざしだ。

 椿の頬が桜色に染まり、満面の笑みに変わった。


「ありがとうございます」


 そう言うと、そっと柚月の手からかんざしを取った。

 たったそれだけのしぐさだというのに、思わず見とれるほどかわいい。

 いや、柚月はしっかり見とれていた。

 そして、椿がちらりと視線をあげると、ばっちり目が合った。


「あぁっ、いや、俺じゃなくて、雪原さんからだけど」


 真っ赤な顔で、慌てて手を振る。

 雪原がこの場にいたら、「言わなくていいですよ」と言っただろう。

 だが、手柄を横取りするようで、悪い。


「そう、なんですね」


 椿は少し残念そうな顔になったが、それでも、大事そうにかんざしを抱きしめた。

 その様子がまた、かわいらしかった。


 にわかに母屋が騒がしくなったのは、日が落ちた頃。

 雪原が来たのか、と、柚月が母屋(おもや)の方を覗くと、鏡子が急いで向かってくるのが見えた。


「すぐに、旦那様のお部屋に」


 そう言われて柚月が雪原の部屋に向かうと、部屋にはすでに椿もいて、雪原の鋭い表情からも、何か事が起こったのだとすぐに分かった。


「杉が処刑されました」


 雪原は、柚月が座るのも待たずに切り出した。


「えっ…」


 柚月は驚きで大きく目を見開いたまま、言葉が出ない。


「今回の騒動の(とが)を背負ったのです」

「いやでも、それなら…」


 戸惑う柚月を遮るように、雪原が後を受けた。


「ええ。本来なら、楠木(くすのき)がその罪を問われるべきところです。ですがどうやら、楠木は杉を身代わりにしたようです」

「まさかっ!」


 柚月はあまりの衝撃に、思わず大きな声を上げた。

 が、それ以上言葉が続かない。


「剛夕様との対談以来、杉は武力行使から一転して、政府と対話の姿勢をとってきました。楠木からしてみれば、邪魔になったのかもしれません」


 雪原は淡々と続けた。

 が、柚月には信じられない。


 楠木と杉は幼馴染みで、ずっと苦楽を共にしてきた仲だ。

 その姿を、幼い頃からそばで見てきた。


 杉は誰よりも楠木を信頼していたし、楠木もまた、杉に全幅の信頼を寄せていた。

 ほかの誰を裏切ることがあろうとも、楠木が杉を裏切ることなど――。

 想像もできない。


「いずれにしても、開世隊(かいせいたい)の中で、何かが起こっているのは確かなようです」


 だとすると、それは、平和的な方向に向かうものではない。

 柚月の首筋を、冷たい汗が伝った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なろうでは珍しい本格時代劇ですね。登場人物も必要最低限な人数で、読むのに混乱しない数だと思いました。次章以降大きく物語が動きそうな予感がします。これからも追っていきたいと思います。
2021/10/16 22:54 退会済み
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