九.はじまりの神社
三日の滞在の後、一行は帰路についた。
来た道とは違い、やや北寄りに進んでいく。
このあたりの地理に疎い柚月も、妙だなと感じた。
このままでは、横洲に入る。
横洲とは、都と横浦の間に位置する町だ。
だが、横洲と都は七輪山に阻まれ、行き来することはできない。
都に戻るには、横浦から海沿いを進むしかないのだ。
一行はやはり横洲に入り、街の大通りを進んだ。
なぜか、警備の緊張がぐっと高まっている。
まるで、すぐそばに敵が潜んでいるかのようだ。
大通りと言っても、横浦のそれとは比べ物にならない、さびれたものだ。
あばら家も目立つ。
行きかう人々も、妬みの交じったような警戒の目を一行に向けてくる。
柚月は萩の農村のことを思い出した。
何年も不作が続き、食うに困った人々は、優しさも思いやりも、すっかり失くしていた。
国も救済の手を打たない。
人々は、持てる者を羨み、妬み、やがて憎んでいった。
横洲の人々の目は、あの農村の人々のものと同じだ。
ここもまた、国から見捨てられている。
柚月は憤りを感じた。
やがて一行は、長い石段の前で止まった。
どうやら、神社のようだ。
「ちょっと寄り道です」
籠から降りた雪原は、そう言って柚月にニコリとすると、わずかな供を連れて石段を上った。
その供も石段で待たせ、境内には清名と柚月だけを連れた。
石段の上は、まさに神の領域と言わんばかり。
まるでそこだけ異世界のように、神秘的な空気に包まれていた。
境内を包み込むように木々が生い茂り、正面、奥にある小さな社殿は、まるで太古の昔からあるような佇まいで、裏にそびえる七輪山を背負っている。
雪原は社殿に向かって歩いていく。
柚月は清名とともに続いた。
湿気を帯びた、独特な匂いが漂っている。
いるだけで心を洗われるようだ。
小さな神社なようで意外と境内が広く、石段から社殿まで随分距離がある。
社殿に着く頃には、柚月はすっかり心が空になったような感覚になっていた。
突然の柏手の音にはっと我に返ると、雪原が手を合わせている。
柚月も慌てて倣った。
「以前、ここで襲われたのですよ」
目を開いた雪原は、手を合わせたまま小さな声で言った。
なるほど。
柚月は納得した。
警備のあの緊張は、そのためだ。
「三年近く前ですかね。ここに参るのは、我が家の慣例なのですよ。その日も、近くに来たから寄っただけだったのですが、珍しく、ほかに参拝者がいましてね」
雪原は、話しながら境内を引き返し始めた。
「男が三人。社殿には目もくれず、境内の隅をうろうろしていました。珍しがって見ていると、いきなり切りかかってきたのです。その頃は私もただの外交官でしたから、こんな大そうな護衛もいなくて。一瞬焦りましたよ。」
雪原はその時のことを思い出し、ふふっと笑っている。
「連れていた者が切り倒してくれたので、事なきを得たのですけど。ただ、なんだか嫌な予感がしましてね。調べさせたのですよ。それで、横浦から入った開世隊が、このあたりで不穏な動きをしていることが分かりましてね。詳細はつかめませんでしたが、悪しき種は、早く摘むに越したことはありません。それで…」
そう言うと雪原は立ち止まり、大きく深呼吸した。
「それで、椿に斬らせました」
ざっと風が吹き、木々が鳴った。
「あの子は、ただの世話係だったのですよ」
雪原は悲哀の目で、空を仰いでいる。
「本当に、ただの」
そう、言い訳のように繰り返した。
ここで男たちを斬ったのも、椿だったのだな、と柚月は直感した。
だが、実感がわかない。
自分を殺そうとしていたのだと聞いても。
返り血を浴びた姿を見ても。
人斬りだと聞いても――。
ただ者ではないとは分かる。
だが、椿が人を斬るのだということは、なぜかどうしても、心が受け入れなかった。




