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七.素顔垣間見える宿

 宿に着くと、柚月は清名と同室で、雪原の部屋の続きの間をあてがわれた。


 清名が部屋に戻ると、柚月は行燈(あんどん)(とも)さず、窓から差し込む月明かりだけが頼りの薄暗い部屋で、用意された布団に横にもならずに、刀を抱え、窓際の壁に背を預けていた。

 空でも見上げていたのか、清名が戸を開けると、ぱっと振り向いた。


「眠れないのか」


 清名の声に、表情はない。


「あ、いや」


 柚月が曖昧な返事をするうちに清名が行燈に灯をともし、部屋は柔らかい灯りに包まれた。


「心配せずとも、雪原様は女がお好きだ。顔がかわいくても、男を所望されることはない」

「そんな心配してませんっ!」


 柚月は背筋にぞわぞわと寒気が走り、食い気味にツッコんだ。

 そんな心配をしていたら、むしろもう寝ている。


 ――そもそも、顔かわいいってなんだよ。俺男だぞ。てか、よくあんな真顔で言えるな、この人。


 冗談なのか、本気なのか。

 ただ清名は、顔も声も全く冗談めいてはいない。

 行燈(あんどん)を見つめ、柚月の方を振り向きもしない。

 そのまま、また口を開いた。


「傷が痛むのか」


 静かに放たれた清名の言葉に、柚月は声も出ず、はじかれたように清名を見た。

 清名は行燈(あんどん)を覗き込み、火を気にしている。

 やはり、柚月の方を見もしない。

 だが、口だけは淡々と続ける。


「左か。脇腹をかばっているように見えたが、違ったか」


 図星だ。

 柚月は、癒えきらない傷が時々傷んでいる。

 この傷に引っ張られ、左足の動きも悪い。


 道中、石につまずいたり蹴ったりしたのはそのためだ。

 どちらも左足だった。

 だが、周囲に気づかれないようにふるまったつもりだ。


「ああ、いや…」

「喧嘩でもしたか」


 清名の追及は淡々と容赦ない。

 柚月は答えられず、今度は曖昧な返事も出なかった。


 公に許されることではないが、武士同士、特に下級の武士などは、喧嘩が過ぎて刀を抜くことがある。

 だが、これは違う。


 仲間にやられた。

 それも、幼い頃からの、唯一無二の親友に。

 そんなこと、言えるはずもない。


 それを話せば自分の身元を明かすことになる。

 いやそれ以上に、その事実が胸に重くのしかかり、柚月は声を出すこともできない。


 清名は初めて、柚月の方をちらりと見た。

 柚月は叱られている子供のように、じっと畳を見つめ、押し黙っている。

 なるほど、と、清名はくみ取った。


 ――話せない傷か。


「雪原様のお傍にいる内は、ほどほどにしろ」


 そう言って、清名はゆっくり柚月に近づくと、薄葉紙(うすようし)の包みを差し出した。

 目で問う柚月に、「痛み止めだ」と、ずいと渡してくる。

 柚月は押されて受け取った。


「藤堂のことは気にするな。少しのことにも警戒を怠らない男だ。だからこそ、護衛頭を任せられる」


 そう言うと、清名は行燈の傍に戻り、何やら手紙を広げだした。

 それ以上何も言わず、柚月の方を見ることもない。

 柚月は、張り詰めていたものが少し緩んだ。


「清名さんは、気にならないんですか? …その、俺のこと」


 ぼそりと聞いた。

 清名は手紙から目を離さない。


柚月一華(ゆづきいちげ)というのだろう」

「…はい」

「雪原様から聞いている」


 柚月は続きを待ったが、清名はそれ以上何も言わず、ただただ手紙に目を走らせている。


「え、それだけ、ですか?」


 柚月が思わず聞くと、清名はやっと顔を上げ、ゆっくり柚月に向いた。


 宿に着いてすぐのことだ。

 雪原は清名一人を角の小部屋に呼び、人払いをした。

 そして柚月について、名前と、もう一つ、帰るところのない子だ、とだけ伝えた。


「承知いたしました」


 清名がそうとだけ答えると、雪原はいつもの穏やかな微笑みを浮かべた。


「それだけか?」

「はい」


 清名は即答し、まっすぐな目で雪原を見つめている。

 この目を裏切る度胸はない。

 雪原はいつもそう思う。


 何も問わず、不満も言わず、雪原の言葉を受け入れる。

 それは、清名の雪原への信頼の表れだ。

 この男の場合、忠誠と言う方が正しいだろう。


 だからこそ雪原は、自身が陸軍総裁に任命される際、この男を連れてきた。

 雪原も清名を信頼し、頼りにもしている。


 だが清名のこの目を見るたび、雪原は恐ろしくさえ感じる。

 自分は、それほどの価値がある人間だろうかと。


 行燈(あんどん)に照らされた清名の顔は、まっすぐに柚月の方を向いている。 


「雪原様がお連れになった。それがすべてだ」


 柚月に向けた清名の目は、一点の曇りも迷いもない。

 圧倒されるほどだ。


「すごい…信じているんですね。雪原…さんのこと」

「私だけではない。雪原様にお傍にいる者は皆、身命(しんめい)()してお仕えする覚悟だ」


 清名は当然のようにそう言うと、再び手紙に目を戻した。

 この心酔ぶり。

 柚月は、正直驚いた。


 この男は、いや、清名の言葉を信じるなら、雪原の部下たちは皆、雪原に命をささげている。

 それも、雪原家でも、陸軍総裁でもなく、雪原麟太郎(ゆきはらりんたろう)という男に。


 柚月自身、雪原をどこか侮っていた。陰の薄い五男坊にすぎないと。

 だが、そうではない。


 これほどまでに家臣に信頼されるのは、肩書だけの人物ではないということだ。

 柚月は言葉で表現されるよりも強く、雪原麟太郎という男の偉大さを思い知らされたようだった。


「さっさと寝ろ。明日も朝が早い」

「えっ⁉ あ、はい!」


 柚月は、はじかれたように返事をすると、ごそごそと布団に入り、あっさり眠りについた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 音読派ですが、特に引っかかることのない読みやすく滑らかな文章でした。ここまででも単純な幕末剣客モノではないのが伝わってくるので興味深い。 [気になる点] 『。」』句点と括弧閉じが重なってる…
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